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虚無! 伝説の復活 その① 声がする。 「――! ――!!」 誰の声だろう。 「――様!」 誰に呼びかけているのかな。 「ギーシュ様! 目を覚ましてください!」 誰――。 ギーシュはゆっくりと瞼を開けた。疲労しきっているらしく、視界がぼやける。 「あっ……よかった、ご無事で……」 ぼやけた視界の中、誰かが泣いている。その涙が、ギーシュの唇に落ちた。 右手でそっと自分の唇を撫でて、ああ、あの水は夢でも幻でもなかったのかと理解する。 続いて自分の顔の上で泣いている彼女の涙を指で拭ってやる。 「やあ……シエスタ。草原を燃やしてしまってすまない……村は無事かい?」 「ええ! 無事です、みんな生きてます。ギーシュ様のおかげです!」 「そうか……」 どうやら自分はシエスタに半身を抱き起こされているらしい。 首を横に向けてみると、自分達の周囲を火が包んでいた。 「シエスタ、逃げるんだ。このままでは君まで焼け死んでしまう」 しかしシエスタは首を横に振り、ギーシュの両脇に後ろから腕を入れ、引きずり始める。 意外と大きいシエスタの胸がギーシュの後頭部に触れるが、それどころではなかった。 「駄目だ、女の子一人の力じゃ……僕の事はいいから、早く逃げ……」 「ジョータローさんのお友達を! タルブの村を守ってくれた恩人を! 平民の私とお友達になってくれたギーシュ様を、見捨てるなんてできません!」 頑としてギーシュを放そうとしないシエスタ。 火はますます強まり、煙が二人を包み始める。 「ゴホッ、ゴホッ……」 「し、シエスタ……もう、いいから……!」 「い、嫌です。死んじゃったら、もう会えないんですよ!」 煙が目に沁みて涙が出てくる。とても目を開けていられず、シエスタは転びかけた。 「キャッ!」 だが、そんな彼女を後ろから誰かが支える。 「大丈夫か、シエスタ!」 「えっ、お、お父さん!?」 煙で痛む目で何度もまばたきしながら、シエスタは振り返って父の姿を見た。 そして、父だけじゃない、タルブの村のみんなが向かってきている。 「あそこだ! シエスタと貴族様はあそこにいるぞ、早く助けるんだー!」 「火を消せ! 水をかけろ! 土をかけろ!」 「貴族様が怪我をしちまってる! 手当てだ、薬草と包帯の用意をさせろ!」 「火の周りの草を刈っちまえ! そうすりゃ火は広がらねえ! 農具をもってこい!」 何人もの無力な平民の村人が、力を合わせてギーシュを助けようとしている。 兵隊が逃げ出すような恐ろしいゴーレムを相手に、 たった一人で立ち向かった少年のメイジの姿に彼等は心を打たれていた。 だから、シエスタがギーシュを助けるために森から飛び出した後、 敵兵や草原の火事に恐怖しながらも、シエスタの父が村人に奮いをかけたのだ。 後はもう雪崩のように村の大人達がギーシュとシエスタの救助に向かった。 「貴族様、大丈夫ですか!?」 ギーシュはシエスタの父に背負われ、シエスタも父に寄り添って避難しているのを見ると、 ようやく安堵を感じて微笑む事ができた。 「……ありがとう」 「こちらこそ、村を守ってくれた貴族様にお礼を言いたいくらいでさ」 「僕が君達の恩人であるならば……君達も僕の恩人だ」 「き、貴族様にそこまで言っていただけるたあ……何だか無性に照れちまいます」 ギーシュと父の会話を聞いて、シエスタはとても嬉しくなった。 ついこの間まで、貴族と平民には決して越えられない壁があると信じていた。 けれどそれを承太郎が打ち破って、貴族の典型だったギーシュも態度を変えて。 同じ人間なのだから、解り合える、助け合える。 それはとても画期的な発想で、それはとても素敵なものに思えた。 そして――シエスタは空を見上げた。 日食が進む中、竜の羽衣と二匹の風竜が飛び回っている。 さらにレキシントン号が竜の羽衣目掛けて砲撃しているようだ。 「ジョータローさん……ギーシュ様はご無事です。だから、だから貴方も……!」 すでに錨を上げたレキシントン号は、後甲板を爆発させられた事に激怒し、 必要以上に謎の竜――ゼロ戦を狙い撃っていた。 いかに承太郎でも、ゼロ戦の中ではスタープラチナの能力を生かせない。 せいぜいガンダールヴの能力で得た情報を元にゼロ戦を精密操作する程度だ。 砲弾や魔法は回避できる。だが反撃はできない。逃げ回るだけだ。 シルフィードの上からタバサとキュルケが風と火の魔法で援護するが、 レキシントン号の相手はさすがに無理だし、 ワルドの操る風竜に当てるのも至難の業だった。 そして刻一刻と日食は進んでいる。このままではジリ貧だ。 「ジョータロー! 破壊の杖を持ってきてるんでしょ? それを使って何とかできないの!?」 「もう使っちまった。こいつも銃の一種、弾が切れちまったら役に立たねー」 「じゃあどうす――」 「しっかり掴まってろ!」 ワルドの放ったエア・スピアーが機体をかすめ、ガクンと揺れる。 膝の上にルイズが座っているため、下手に旋回などをするとルイズが危ない。 そのため先程から承太郎は戦場でありながら安全運転をしいられていた。 「大丈夫か?」 「痛たたた……だ、大丈夫」 機体が揺れたショックで、ルイズは頭を風防にぶつけたらしかった。 涙目になりながら頭をさすっていると、承太郎の足元に始祖の祈祷書が落ちていると気づく。 さっきの衝撃で落としてしまったらしいが、この竜の羽衣を動かすには、 何か足も使って変なの踏んだりしないといけないっぽいし、 邪魔になってはいけない――と、ルイズは祈祷書を拾った。 白紙のはずの祈祷書に文字が浮かんでいた。 「……はえ?」 「ん? ハエがいるのか?」 ルイズの呟きを聞き、コックピット内を見回す承太郎。無論ハエなど一匹もいない。 「ちょ、ちょっとしばらく竜の羽衣を揺らさないで!」 慌ててルイズは祈祷書を確認する。間違いなく文字、古代のルーン文字だ。 勉強家のルイズはそれを読む事ができた。 序文。 これより我が知りし真理をこの書に記す。 この世のすべての物質は、小さな粒より為る。 四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。 その四つの系統は、『火』『水』『風』『土』と為す。 「じょ、ジョータロー。その、祈祷書に何か書いてある」 「……何の事だ? 文字なんて見当たらねーが……」 「で、でも、確かに……」 ルイズは困惑した。だって何回見ても白紙だったのに、何でいきなり古代ルーン文字? しかも承太郎には見えない? どうして自分には見える? ルイズは恐る恐るページをめくったて文章を読み上げた。 神は我にさらなる力を与えられた。 四の系統が影響を与えし小さな粒は、さらに小さな粒よりなる。 「って書いてあるんだけど……何の事かしら?」 それを聞いて承太郎は眉をひそめる。 「小さな粒? まさか原子や粒子の類か?」 「ゲンシ? リュウシ?」 「科学の話だ。だがそんな物が魔法の本に出てくるという事は……。 ルイズ、お前に文字が見えるんなら、それを全部読んでみろ。 口には出さなくていい、舌を噛まれると困るからな」 「う、うん」 何だかよく解らないが、とにかく読んでみよう。ルイズは始祖の祈祷書に視線を下ろした。 神が我に与えしその系統は、四のいずれにも属せず。 我が系統はさらなる小さき粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。 四にあらざれば零(ゼロ)。零すなわちこれ『虚無』。 我は神が我に与えし零を『虚無の系統』と名づけん。 「虚無の……ええっ!? きょ、虚無の系統って書いてある!」 「そいつはたまげた。しかしガンダールヴも伝説の虚無の使い魔らしいからな。 ほれ、とっとと続きを読みな。お前がそれを読みきるまで、ゼロ戦は沈ませねー」 これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐものなり。 またそのための力を担いしものなり。『虚無』を扱うものは心せよ。 志半ばで倒れし我とその同胞のため、 異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ。 『虚無』は強力なり。また、その詠唱は永きに渡り、多大な精神力を消耗する。 詠唱者は注意せよ。時として『虚無』はその強力により命を削る。 従って我はこの書の読み手を選ぶ。 例え資格無き者が指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。 選ばれし読み手は『四の系統』の指輪を嵌めよ。 されば、この書は開かれん。 ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ 以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す。 初歩の初歩の初歩。『エクスプロージョン(爆発)』 その後に続くルーン文字を見ながら、ルイズは全力で呆れた。 自分の右手の薬指に嵌められた水のルビーを見て、呟く。 「つまり――この指輪が無きゃ、宝の持ち腐れって事ね。 注意書きすら条件満たさないと読めないなんて、頭悪いんじゃないの?」 そして呆れがスッと引き、次に疑問と興奮が湧いてくる。 これってつまり、自分がその『虚無の担い手』って事なのだろうか? 昨晩承太郎とした話を思い出す。 伝説の虚無のメイジの自分と、伝説の虚無の使い魔のジョータロー。 とても素敵な夢に思えた。 でもそれは今、夢どころか、どうやら現実らしい。この始祖の祈祷書を信じるなら。 「……ジョータロー。祈祷書、読んだけど、どう説明したらいいか……」 「要点だけ掻い摘んで説明してみな」 「あー、その、祈祷書によれば、これを読めるのは、虚無の担い手だけなんだって。 つまり私は虚無の担い手で、その、初歩の初歩の初歩の虚無の魔法の詠唱が書いてある」 「ならさっそく詠唱を頼むぜ。注文があったら先に言いな」 「で、でも、私、一度も魔法成功してない……」 「サモン・サーヴァントは成功しただろう? せっかくだから虚無の魔法とやらも成功させちまいな。伝説の存在になれるぜ」 ルイズは思考を走らせ、何となく身体のうちから湧いてくる『確信』を掴み取る。 「……何とか、できると思う。ジョータロー! あの一番大きな戦艦に近づけて! 詠唱はすごく時間がかかるみたい。いつ発動できるか解らないから、よろしく!」 「アイアイサー。ちぃーとばかし無茶な注文だが、何とかしてみるか」 承太郎は機首をレキシントン号に向けた。 スタープラチナの目が、こちらに向けられる多数の砲門を確認する。 ルイズの詠唱の邪魔をしないよう無茶な回避はせず、 あの大量の砲門から発射される弾をすべて回避しながら、 追ってくるだろうワルドの魔法も回避しなくてはならない。 無茶な注文だ。だが、今の承太郎は不思議と無茶だと思っていなかった。 左手に刻まれたガンダールヴのルーンが光り輝く。 竜の羽衣がレキシントン号に向かうのを見て、ワルドは首を傾げた。 まさかレキシントン号に特攻でもかけるつもりだろうか? いや、あのガンダールヴなら一人で戦艦を制圧しかねない。 「させるものか」 ワルドは風竜をレキシントン号へ向けた。 竜の羽衣がレキシントン号に向かうのを見て、キュルケはヒステリックに叫んだ。 「ちょ、何考えてんのよ! 自殺する気!? タバサ、どうしよう!?」 「……あの機動力なら何とかなるかも。でも私達は無理、撃ち落とされる」 「だからって……黙って見ているなんてできないわ!」 「もちろん。だから、しっかり掴まってて」 「え?」 無理、撃ち落とされる。そう言ったタバサは、シルフィードをレキシントン号へと向けた。 竜の羽衣と二匹の風竜が近づいてきて、レキシントン号の乗組員達は困惑した。 だが何を企んでいようと、撃ち落とせば問題ない。すべての砲門が竜の羽衣を狙う。
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謙虚な使い魔~アルビオンの幻影~ ブロントとワルドが手合わせをしたその日の夜・・・・・・ ブロントは一人、部屋のベランダで重なり合う月を眺めていた。 一階の酒場ではギーシュ達が酒を飲んで騒ぎまくっている。 明日はいよいよアルビオンに渡る日だということで、大いに盛り上がっているらしい。 キュルケが誘いにきたが、一つとなった月を眺めていたい、と言ってブロントは断った。 ブロントが夜空を見上げると、赤い月が白い月の後ろに隠れ、一つだけになった月が白く輝いている。 冒険者であるブロントにとって、白く輝く満月の時は特別な事が起きるというジンクスがあった。 もっとも、毎夜満ちた月が二つも浮かぶハルケギニアでは、そのありがたみも薄かったが、 赤き月を守るように威風堂々と輝く白き月に、何か親近感が湧いていたのかもしれない。 そんな事を思いながらぼんやりと月を眺めていると、後ろから声をかけられた。 「ブロント」 振り向くと、ルイズが立っていた。 「朝の怪我、大丈夫?」 「それほどでもない。軽くぶつけただけなんだが」 「その、ごめん。わたしが勝負の途中でブロントに止めるように命令したから・・・」 「俺はあんな事を気にするような底の浅い人間ではない」 「・・・そう」 ルイズはブロントを真似て、ベランダの縁に寄りかかって一緒に月を眺めた。 「・・・ねぇ、そ、その・・・」 ルイズは何か言い難そうで、言葉に詰まった。 ブロントは何も言わず、しばしの沈黙が続いた。 「・・・ワルドに結婚申し込まれちゃったんだけど・・・」 「婚約者がそうするのは至極当然」 「うん・・・そうだよね。わたしどうしたらいいと思う?受けたほうがいいかな?」 ブロントは鎧をガチャリを鳴らしてルイズに体を向ける。 「お前それで良いのか?」 「・・・よくわからないわ。ブロントはワルドの事どう思う?」 「奴は少し汚いが、それはお前の気を惹くために必死な証拠。だが会ったばかりの俺が言う事じゃにい」 「そっか・・・ワルドの事は昔から憧れていたし、強いし、わたしよりもずっと凄いメイジだわ。そんな人がわたしみたいな『ゼロ』でも必要だと言ってくれている、でも・・・」 「お前は今の自分の殻をやぶり新しい一歩を踏み出すのが恐いのか?」 「そうかもしれない・・・結婚してしまうと、今わたしの側にいる人達がいなくなってしまいそうで、怖いわ。自分が知らない所へと足を踏み入れるって、こんなにも不安になるものなのかしら。冒険者っていつもこんな不安に立ち向かっているなんて、凄いね」 「それほどでもない」 ブロントは強がるでもなく、さも当たり前な口調で言う。 「あんたのその精神の強さにはちょっと憧れるわ。・・・ねえ、ブロント。もしも、これはあくまで、もしもの事だからね。もしもわたしがワルドと結婚しても、ブロントはわたしの側からいなくなったりしない?」 ブロントは目の前のルイズの事を見つめ、しっかりとした口調で言う。 「俺は真のナイトなんだが、ただ使い魔だから仕方なく守っているんじゃない。守りたいと思って守ってしまう者がナイト。この俺がお前の側を離れる事を知らない」 「ありがと、ブロント」 ルイズはブロントの力強い言葉を聞いて、何かとても安心した。 ルイズは皆がいる酒場へと歩き出そうとしていた。 その時・・・・・。 「おいィ!」 ブロントが叫んだ。ルイズは振り向いた。 先程まで輝いていた月が巨大な何かに隠れて見えない。 月明かりをバックに、巨大な影の輪郭が動いた。ルイズは目をこらしてよく見ると、 その巨大な影は、岩で出来たゴーレムだった。 そのゴーレムの肩に、長い髪をたなびかせた人物が座っていた。 「フーケ!?」 ルイズが怒鳴った。肩に座った人物が、嬉しそうな声で言った。 「感激だねえ、覚えててくれたのかい。いい雰囲気の所を邪魔しちまったようだね」 「あんた、牢屋に入っていたんじゃなかったの!」 「そこも静かでいい所だったんだけど、おせっかいな人がいてね。素敵なバカンスに招待してくれたお友達に会いたいだろうって、出してくれたのさ」 フーケは茶化した。暗くて良く見えなかったが、フーケの隣に黒マントを着た貴族が立っている。 その貴族がフーケを脱獄させたのだろうか? 白い仮面を被っているので、顔がわからないが、男のようだった。 「真っ向正面からってのは、あたいの趣味じゃないけど。そういう注文だから仕方ないさ!」 フーケの巨大ゴーレムの拳がうなり、ベランダの手すりに打ち下ろした。 岩でできたゴーレムは、硬い一枚岩から削りだした手すりを難なく破壊する。 「ここらは硬い良い岩しかないからね。この前みたいな軟らかい土のゴーレムで相手できなくて、本当に残念よ!」 フーケがたっぷりと皮肉って見せる。ゴーレムの第二の拳が振り下ろされるよりも早く、ブロントはルイズを抱きかかえると、駆け出した。 部屋を抜け、一階へと階段を駆け下りた。 下りた先の一階も、修羅場だった。玄関から現れた傭兵の一隊が酒場で飲んでいたギーシュ達を襲ったらしい。 ギーシュ達はテーブルを横に立てて、それを盾にして、ギーシュ、キュルケ、タバサにワルドは魔法で応戦しているが、 ラ・ロシェール中の傭兵が集まっているのか多勢に無勢で手に負えないようだ。 傭兵達もメイジとの戦いに慣れているのか、暗闇を背にして魔法の射程の外から矢を射かけてきた。 時間がかかる強めの魔法を唱えようと立ち上がろうものなら、矢の餌食となるだろう。 ブロントはテーブルを盾にしたギーシュ達の下に、ルイズを抱えたまま、駆け寄って滑り込む。 「あら、ブロントさん。気が変わって騒ぎに参加しに来てくれたのかしら?でも、残念ながらお酒はテーブルと一緒にひっくり返しちゃってもうないわよ。文句があったら無粋なやつらに言ってね」 キュルケはブロントの姿を見て安心したのか、冗談の一つをも言ってみせた。 「それにしても参ったね」 ワルドの言葉にキュルケが頷く。 「この前の連中は、ただの物盗りじゃなかったわね」 「捕まった筈のフーケがいるって事は、アルビオンの貴族派が関与している可能性が高いな」 吹きさらしの先にはフーケのゴーレムの足が見えていた。 キュルケは杖を弄りながら呟いた。 「・・・やつらはちびちびとこちらの精神力を消耗させて、魔法が使えなくなったら突撃してくるつもりね、さて、どうしたものかしら」 ワルドが手を挙げ一行の注目を集める。 「いいか諸君、このような任務は、半数が目的地にたどり着けば、成功とされる」 こんな時でも優雅に本をひろげていたタバサが本を閉じて、ワルドの方を向いた。 自分と、キュルケと、ギーシュを杖で指して「囮」と呟いた。 それからタバサは、ワルドとルイズとブロントを指して「桟橋へ」と呟いた。 「いつ行動に出る?」 ワルドがタバサに尋ねた。 「今すぐ」 とタバサは呟いた。 「聞いてのとおりだ。裏口に回るぞ」 「え?え?ええ!」 ルイズが驚いた声をあげた。 「今から彼女達が敵をひきつける。せいぜい派手に暴れて、目立ってもらう。その隙に、僕らは裏口から出て桟橋に向かう。以上だ」 ルイズはブロントの顔を見た。ブロントは何も言わずに頷く。 「わかったわ。ツェルプストー、こんな所つまらない所で死ぬんじゃないわよ」 「あんたもね、ヴァリエール。そのアルビオンの用事とやらを済ませたら今度こそあの時の決着をつけさせてもらうわ。さ、早く行きなさいな」 キュルケはパシッっとルイズの背中を叩いて行くようにと促す。 「うむむ、ここは何を出すべきなのか。『矛役』で一気にたたみかけるか。いや、ゴーレムが持たないか?どうなのかな」 ギーシュはブロントに教えてもらった事をあれやこれやと思い出して、どうするべきか悩んで、緊張で手が震えていた。 それに去り際のブロントが気づき、足を止めてギーシュに言葉をかける。 「ここは攻撃を二人に任せてしまうのがパーティリーダーの醍醐味。お前ははしっこから目立つ『戦士』でも出すんだな」 「・・・つまり囮役である僕達が動くための更に囮になるゴーレムを作れ、て事かい?」 ブロントは鎧をガチャと鳴らしながら頷き、カバンから壜を取り出すとそれをギーシュに渡した。 「これをおごってやろう」 「な、なんだいこれは?」 壜には危険物を示すものなのか、赤い異国の文字の注意書きが書かれていた。 ギーシュは蓋の上から嗅いで見ると、文字通りにきな臭かった。 「こ、これはまさか!」 ブロントはポンポンとギーシュの肩を叩いて、にやりとして見せた。 「汚い『忍者』にぶち込んで使うのが一般的に常識」 ブロントはそういい残すと、ルイズの後を追った。 矢がひゅんひゅんと飛んできたが、ブロントがそれらを全部盾で叩き落とした。 酒場から厨房に出て、ルイズ達が通用口にたどり着くと、酒場の方から耳を劈くような派手な爆発音が聞こえてきた。 「うまく、目立ってくれているようだな」 ワルドは出口のドアに身を寄せ、外の様子を探った。 「誰もいないようだ。よし、桟橋はこっちだ」 ワルドが先頭をゆく。ルイズが続き、ブロントがしんがりを受け持った。 そうして三人はラ・ロシェールの街へと躍り出た。 裏口の方へルイズ達が向かった事を確かめると、ギーシュはキュルケを呼び止めた。 「僕がゴーレムでやつらの注意を惹いて、魔法を詠唱するための隙を作る」 ギーシュはテーブルの影で造花の杖を振ってゴーレムを生成した。手には目立つ肉厚な刃を持つ大きな斧、 体の要所には厚い装甲が、だが敏捷性を損なわれぬよう、間接部は剥き出しの帯鎧姿をしたゴーレムを三体だ。 「ねえ、ギーシュ。ゴーレムで囮はいい考えだけど、流石にあの数を一気に蹴散らすにはあたしの炎だけじゃ追いつかないわよ。油か何かでまとめて燃やせればいいのだけど」 キュルケの言葉に何か閃いたのか、タバサがギーシュの袖を引っ張る。 「なんだね?」 「薔薇」 ギーシュが持った造花の杖を指差し、それを振る仕草をタバサはしてみせた。 「花びら。たくさん」 「花びら?」 タバサはポツリとギーシュに命じた。 「錬金」 「ああ、なるほど、そういうことか!」 ギーシュは造花の薔薇を振ると、大量の赤い薔薇の花びらが宙を舞い、それを生成したゴーレムに纏わせた。 ゴーレムの鎧に赤いアクセントがついて、まさに<ウォリアー>と呼ぶに相応しい姿になった。 「では、行くぞ!」 テーブルの影から巨大な斧を持ったウォリアーの三体が飛び出る。 それぞれが傭兵達に向かって駆けながら、派手に斧を振り回して、辺りに赤い花びらを散らす。 傭兵達も突然、朱色染まるゴーレムが三体も登場した事にたじろぎながらも、矢で応戦する。 柔らかい青銅に、鋼鉄の鏃が突き刺さるたびに、まるで血が噴出するかの如く花びらが傭兵達に舞い落ちる。 針鼠のように無数の矢が刺さったウォリアー達は、よろめきながらも、己の姿を誇示するかの様に斧を振り回し続ける。 「ギーシュ、それ位で十分よ」 「よし」 ギーシュが杖を振るって<錬金>をかけると、酒場の玄関に散らばった花びらが一斉にぬらっとした油に変化した。キュルケが続けざま杖を構える。 「舞台の飾りつけが出来上がったところで、主演女優の出番よ!」 キュルケは色気たっぷりの仕草で呪文を詠唱し、花が敷き詰められた場所に向かって、杖を振る。 キュルケの魔法で油が引火して、『女神の杵』亭の入り口辺りでギーシュのウォリアーを飲み込むように一気に炎が燃え盛る。 そこへタバサが魔法で風を起こし、立ち上る炎が油にまみれた傭兵達へと燃え移る。 そして炎に巻かれた傭兵達はのた打ち回り、体についた炎を消そうと大騒ぎになった。 巨大ゴーレムの肩の上、フーケは舌打ちをした。 隣に立った仮面の貴族にフーケは呟いた。 「金で集まった程度の連中は互いに連携がとれなくて使えないねえ。騒いでいるだけじゃ、下手に炎を広げちまうってのにさ」 「あれでよい」 「あれじゃあ、あいつらをやっつけることなんかできないじゃないさ。それともあんたは人が焼けるところを見る趣味でもあるのかい?」 「さあな、炎も悪くは無いかもしれないな」 マントの男は笑ってみせる。 それを聞いてフーケは顔をしかめる。 「とにかく、傭兵どもが奴らを倒さずとも、かまわぬ。奴らを分散さえできれば、もう傭兵どもは用済みだ。むしろここで数が減った方が払う金貨が少なく済んで良いだろう?」 「・・・盗人だったあたいが言える口じゃないけどさ、あんた、やり方汚いよ」 「綺麗事でだけで大儀が成せるものなら見てみたいものだね」 仮面の男が耳を澄ますようにして立ち上がると、フーケに告げた。 「よし、俺はラ・ヴァリエールの娘を追う」 「あたいはどうすんのさ」 フーケは呆れた声で言った。 「好きにしろ。残った連中は煮ようが焼こうが、お前の勝手だ。合流は例の酒場で」 男はひらりとゴーレムの肩から飛び降りると、暗闇に消えた。 「何が『合流は例の酒場で』だ、一銭にもならないというのに、いけ好かない貴族連中に付き合う程、あたいも酔狂じゃないさ」 フーケは苦々しげに呟いた。 「適当にあしらったら、何かうまい方法見つけてずらかるとするかね」 下で男達の悲鳴があがる。炎にあぶりだされた傭兵達がゴーレムの足元で転げまわる。 赤々と燃える炎と夜に響き渡る悲鳴がフーケを苛立たせる。 「ええいもう!ったく、頼りにならない連中ね!」 フーケは地面の岩を<錬金>で土にすると、それをゴーレムで掴み、炎が点いてのた打ち回る傭兵達に土を投げ、被せた。 フーケは下に向かって怒鳴った。 「潰されたくなきゃ、どいてな!」 ゴーレムがずしん!と地響きを立てて、入り口に近づく。 拳を振り上げて、入り口にそれを叩きつけた。 酒場の中からキュルケとタバサは炎を操り、傭兵達を外へと追い出していた。 「見た?わかった?あたし達の炎の威力を!火傷したくなかったらおうちにお帰りなさいよね!おっほっほ!」 キュルケは勝ち誇って、笑い声を上げた。 「君は実に楽しそうだね、まだフーケのゴーレムがいるって言うのに」 ギーシュはテーブルの影から立ち上がった時、 轟音と共に、建物の入り口がなくなった。 「あっちゃあ、前の時もきつかったのに、今度は岩のゴーレムだなんてね」 キュルケは舌をペロッと突き出す。 「なんだい、あの白い使い魔はいないのかい?あの時の礼が返せないなんて残念ね。まああんた達で我慢してやるさ、かかってきな!」 フーケは巨大ゴーレムの腕を振らせ、宿の入り口の残骸をベキベキと音を立てながら薙ぎ払う。 「どうする?岩でできていて何か前よりも頑丈そうだけど」 キュルケはタバサの方を見た。 タバサは、両手を広げると、首を振った。 「スペル・チェインが無いと無理」 そう呟いて、タバサはギーシュの方を見た。 「え?僕かい?そう言われても、昨日教えられたもので、ぼくらでできる連携なんてあったかなあ」 その時ギーシュは手に持っていた壜の事を思い出した。 「待てよ、これを使えば・・・ふむ、二人とも、聞いてくれ」 ギーシュはキュルケとタバサに連携の手順を簡潔に伝えた。 「あたしはそれぐらいの魔法を唱える力はまだ残っているけど、一番動いてもらう事になるタバサはどうかしら、行ける?」 タバサはこくりと頷く。 「そ、じゃ、ギーシュ合図頼んだわよ」 「わかっているさ!」 ギーシュは杖を振り、新たに三体のゴーレムを生成する。 先程の『ウォリアー』型とは違い、片刃の短い短剣を二刀とも逆手に持ち、動き易さを考慮に入れ、非常に軽装な姿をしていた。 敢えて酸化させたのか、青銅の表面は暗く黒ずんでいて、まるで闇に溶け込む暗殺者のようだった。 「『ニンジャ』と言って、汚れ仕事をする者達がブロントさんの国ではいるらしいが。とにかく、こいつにこの物騒なものを持って貰うとするよ」 ギーシュは生成した『ニンジャ』の一体にブロントから渡された壜を埋め込んだ。 「よし!いくぞ!」 ギーシュが号令をかけると、三体のニンジャは時間差をおいて一体ずつフーケのゴーレムへと向かって行く。 それと同時にキュルケが牽制用の小さな炎の玉をフーケ向けてばら撒く。 タバサはすでに杖を構えていて、呪文を唱えていた。 「ラグーズ・ウォータル・デル・ウィンデ」 タバサは氷の粒を帯びた竜巻の魔法<アイス・ストーム>を巨大ゴーレムの足に纏わりつかせ、じわじわと岩の表面を凍らせていく。 フーケはキュルケの炎の玉を払いながら、闇に紛れて巨大ゴーレムに飛び移ろうと跳ね回るギーシュのニンジャに目を光らせた。 「へえ、氷でゴーレムの足を鈍らせ、炎であたいの注意を逸らし、その間ゴーレムで本体を直接狙うだなんて。学院のお子ちゃまにしちゃいい作戦を思いついたものね」 経験の乏しい子供のメイジ達だとばかり思っていたフーケは素直に感心する。 「だけど、トライアングルの土メイジにとっちゃ、ゴーレムの位置なんて目を隠したって判るもんさ!」 フーケは自分のゴーレムの右腕に取り付いたニンジャを左の拳で叩き潰し、 背中に飛び移ろうとしたもう一体のニンジャを錬金でただの土に変える。 「後はこの足元の一体を踏み潰せば、あんたらのせっかく考えた作戦も詰んじまうね」 フーケは巨大ゴーレムの足を上げよう、と思ったが、がくんと揺れ巨大ゴーレムがバランスを崩す。 フーケの予想以上にタバサの<アイス・ストーム>の冷気が強く、 巨大ゴーレムの右足の稼働部はもうすでにガチガチに凍りつき、『硬化』していた。 「キュルケ!今だ!僕のゴーレムを!」 「行くわよ!」 ギーシュの合図を受けて、キュルケが残る最後の一体のニンジャに向けて炎の玉を放つ。 巨大ゴーレムの凍りついた足から数メイル離れた位置でキュルケの炎を受けたニンジャは燃え盛るも一瞬、仕込まれた「発火薬」に引火し、眩い閃光に包まれる。 スガーーン! 耳を劈く音を立ててぶつかりあう青銅の破片が飛び散り、爆音を辺りに轟かせ、周りの空気をびりびりと震わせ、『振動』させる。 「何てもの仕込ませてるんだい!おっとと・・・」 突然の爆音に耳を痛めたせいでふらついたとフーケは思っていた。 しかし、巨大ゴーレムの肩にしっかり掴まっても、フーケの視界が下がってゆく。 なんと、フーケの岩でできたゴーレムの両足が崩れていた。 冷気で固められ硬化したゴーレムの足が、震える音の振動によって波紋状にひびが入り、バキバキと音を立てながら、『分解』していた。 「ちっ、なんて見事な連携だい・・・・・・」 フーケは舌打ち、苦々しく呟く。 巨大ゴーレムの上半身を何とか動かし、倒れぬように両腕で体を支える。 「風を!」 ギーシュの合図を基にタバサは杖を振る。 放たれた風の刃<エアー・カッター>が凍りつき、分解してゆくゴーレムの足を掠めるように駆け抜けた。 <エアーカッター>に伴う風により、凍りついた部分が冷やされ、分解の速度を更に加速させた。 そして、勢いを失わず、風の刃が巨大ゴーレムの胴体へと食い込み、『切断』により切れ目をいれる。 「キュルケ!最後に決めてくれよ!」 「ええ!フィナーレはあたしで飾らせてもらうわ!」 キュルケはすでに詠唱を済ませたトライアングルクラスの炎のスペルを杖を振って放つ。 灼熱の業火球がフーケとそのゴーレムを襲う。 「やれやれ、ガキだと思ってあたいが舐めすぎていたようね。ま、ここまで素敵な演出をしてくれたんだ、この『フーケ』、ここで潔く幕を閉じるとするさ」 フーケはため息を吐き、杖を握る。 そして、そのままキュルケの炎に包まれる。 巨大ゴーレムの胴体についた『切断』の切れ目にも容赦なく炎が流れ込み、内側と外側から熱せられた岩肌のゴーレムは燃え盛る炎の中、赤くドロドロに『溶解』していく。 「これで流石にあの盗賊のフーケも終わりね」 キュルケはゴーレムと共に燃え盛る人影を少し寂しそうに見つめて呟いた。 「あのフーケに勝ったて言うのに、何か浮かないようだね?」 ギーシュが不思議そうに尋ねる。 「盛り上がる舞台も終わってしまえば寂しいものよ。それに戦での人の死と言うものは知ってはいるつもりだけど、やっぱり慣れるものじゃないわ」 「そうだな、それはぼくも同感だ。それよりこの場から離れてどっかに潜んで休もう」 「ええ、気持ちとしては早くブロントさん達を追いたいけど、あたしはもう灯りをつけるための精神力すら残って無いわ。タバサはどう?」 タバサは首を横に振る。三人共に魔法を消耗しきったらしい。 「流石に迷惑をかけたこの宿に泊まるわけにはいかないわよね。あーあ、安宿のベッドで寝るなんて肌が荒れて困るわ」 三人は燃え盛るゴーレムを後にし、騒ぎが届いてない宿を探しに夜更けのラ・ロシェールへと躍り出た。 その頃、ルイズ達は桟橋へと走った。とある建物の間の階段にワルドは駆け込むと、そこを上り始めた。 長い階段を上ると、丘の上に出た。現れた光景を見てブロントは一種の既視感を覚えた。 そこには巨大な大樹が聳え立っていた。 ヴァナ・ディールのウィンダス連邦国を象徴する星の大樹のように、 丘の上に立つ建造物を飲み込むように根を張り、夜空の彼方までその頂上は伸びていた。 そして四方八方に伸ばしている枝にブロントが良く知る飛行船の様な形状をしたものが幾つかぶら下がっている。 先を行くワルドが大樹の根元へと駆け寄ると、中はブロントが知る星の大樹のように人が通るほどの空洞が設けられていた。 中には無数の階段が設けられていて、それぞれが大樹の枝一本一本へと繋がっている様だった。 ワルドが目当ての階段を見つけると、一行は駆け上った。 そして途中の踊り場で、何者かが上から舞い降りた。 白い仮面を被った男が不敵な笑みを浮かべながらルイズとブロントの間に立ちはだかる。 ブロントは仮面の男に言葉を発せさせる間も無くデルフリンガーを抜き放つが、仮面の男は剣の間合いの外へと身を翻して距離を取る。 「ルイズ!こっちへ!」 先頭に位置していたワルドが杖を構え、ルイズを呼び寄せる。 ブロントは階段を小飛びに駆け上がり、距離を詰めるが、仮面の男は<フライ>の魔法を使ってそれよりも早くブロントから一定の距離を保つ。 仮面の男が階段の不安定な手すりに器用に立つと、杖を振った。 その瞬間、辺りの空気が冷え始め、男の頭上には小さな雲ができあがっていた。 「相棒!やばい、紫電の雲(ライトニング・クラウド)だ!」 デルフリンガーが叫ぶと同時にブロントは反射的に盾を構えた。 ばつん!と閃光を光らせ、男の頭上から眩い数条の雷光がブロントを目掛けてほとばしる。 金属製の盾が襲い来る稲妻を引き寄せ、バチバチと音を立てる。 しかし、電撃の勢いは止まらず、そのままブロントの左手へと流れ込む。 「おいィイイイ!?」 左腕に電流が走り、ブロントの腕が痺れ、盾とデルフフリンガーを落としてしまう。 帯電した盾がバリバリと音を立てながら分解し始め、元の金属ごとにバラバラに階段下へと音を響かせながら転がっていく。 「いい加減にしろよてめーぶっ殺すぞ!」 普段寛大なブロントが鬼の様な形相になって吼える。 仮面の男は軽く笑うと、落ちたデルフリンガーに向けて風の魔法を放ち、ブロントから遠ざける。 仮面の男はブロントが剣を拾いに行くとばかり思っていたが、その予想を裏切り、ブロントは男に跳び寄り、素手で仮面の男の襟を右手で掴む。 「おい・・・盾が壊れたんだわ・・・修理代払ってもらおうか?」 掴まれた男は慌てた様子も見せず、また新たに呪文を詠唱し始めた。 「ヨミヨミですよ?お前の作戦は」 とスキだらけの相手にブロントは電撃がまだほとばしる雷属性の左を男に叩き込む、 「ギガトンパンチ!!」 ブロントの左手が男のアゴを捕らえ、砕く。 だが、打ち込んだはずの拳が突き抜けるような手ごたえを残して、 仮面の男は煙のように消し飛んだ。 「おでれーた!<ライトニング・クラウド>だけじゃなく、分身を作り出す<偏在>まで使う『風』系統のメイジかよ!どっちも高度な魔法だぜ、こいつはとんでもねぇ使い手に狙われたもんだな!」 階段の端っこに転がるデルフリンガーが叫ぶ。 「ブロント!」 「大丈夫かい、使い魔くん?」 ルイズとワルドが階段の上から駆け寄る。 ブロントは左手からパチパチと火花を放つ左手でデルフリンガーを拾い上げる。 「お、おい、相棒!ちょっと待った、俺に触る―お、何だこりゃ?まさか今ので雷をその左手のルーンに宿らせたのか?おめ、魔法拳だなんて随分とおもしろそうな事してんな」 ワルドがブロントの様子を不思議そうに確かめる。 「しかし、<ライトニング・クラウド>は、本来なら、命を奪うほどの呪文だぞ・・・盾だけですむなんて、よくわからんが、『ガンダールヴ』のルーンにはそんな力もあるのか」 ブロントは黙って唇をぎりっと噛みながら、階段下に散らばった盾の金属片を拾い集める。 「こいつあ見事に分解されちまったな。あーあ、いい盾だったのによ。だから相棒、前に言っただろ、金はかかるけど<固定化>の魔法をかけてもらっとけってー」 ブロントはデルフリンガーを鞘に納め黙らせた。 散らばった盾の破片をカバンの仕舞うと、ブロントはぼそりと呟いた。 「恥知らずな風使いががいた・・・」 左手をググッっと握り締めるとバチッと火花を放つ。 「さあ、先を急ごう!先程のが<偏在>であればまたいつ襲ってくるかわからないからな」 ワルドはルイズの手を握り、階段を駆け上っていく。 三人が一本の枝の先にたどり着くと、そこには一艘のフネが停泊していた。 突然ワルド達が現れたことに、甲板で寝転んでいた船員が起き上がった。 「な、なんでぇ?おめえら?」 「船長を呼べ」 ワルドは、すらりと杖を引き抜いた。 「き、貴族!ちょ、ちょっと待ってな」 船員がすっ飛んで船長を呼びにいった。 しばらくして、船長であると示す帽子を被った初老の男を連れ戻ってくる。 「こんな夜更けになんの御用ですかい?」 「アルビオンへ、今すぐ出航してもらう」 「そいつは無茶だ、アルビオンがここラ・ロシェールに最も近づくのは明日の朝だ。今出航したって積み込んである風石が足りませんや!今出航しても地面に墜落するだけさ」 「風石が足りぬ分は、僕が魔法で補う。僕は『風』のスクウェアだ」 船長はしばらく船員と顔を見合わせた。それからワルドの方を向いて頷く。 「ならば結構ですが、こっちも寝ていた所を起こされてまだ寝ぼけているんでね。こう、黄金に光るものを見せて貰えば野郎どももしゃっきりと目が覚めると思うんだが・・・」 船長はこすずるそうな笑顔を浮かべて、指を摘んで摺り寄せて見せる。 「いいだろう、積荷の運賃と同額を出そう」 商談が成立したので、船長は矢継ぎ早に命令を下した。 「ようし!野郎ども!出航だ!もやいを放て!」 船長の怒号に反応して、長年この船長の下で熟練された船員達は飛び起き、瞬く間の内にフネを繋ぎ止めていたもやい綱を解き放ち、帆を張る。 大樹の枝から解き放たれたフネは一瞬空中に沈んだが、 風石の力により宙に浮かぶ。帆と舷側に付けられた羽が風を受けると、徐々にフネはアルビオンに向けて前進する。 ワルド達がアルビオンに向けてフネを出航させた頃、 『女神の杵』亭前の焼け焦げた土の中から数十メイル離れた街の物影で、 地面がぼこりと盛り上がり、そこから煤塗れた人物が地面から這い出る。 「ぺっ、ぺっ。これじゃあ『土くれ』じゃなくて『土まみれ』のフーケかね」 キュルケの炎が当たる瞬間、素早く地面に錬金をかけ、掘り起こしたフーケは咄嗟に地面の中に逃げていた。 錬金で掘り返した土を使い炎の熱を防ぎつつ、じっと地面の中から土伝いに外の様子を伺い、キュルケ達が離れた事を確認して地面を錬金で掘り進み、出てきた。 「いくら土のメイジだからって、土竜の真似をする事になるなんてね」 フーケは顔についた土汚れや煤をローブの袖で拭き取っていた。 「だけど、これでめでたくお尋ね者の盗賊フーケは死んだって事にできるんだ。連中には多少感謝しなくちゃね。あの薄気味悪いレコン・キスタとやらも流石に死んだメイジには用は無いだろうさね」 フーケは一人でそう呟き、苦笑いする。 「さて、適当に『土くれのフーケ』が死んだって噂を広めたら、久しぶりにここアルビオンのあの子の所にでも帰ってやるかね」 バサッと煤で汚れたローブをその場に脱ぎ捨てると、フーケは自慢の緑の髪をかきあげて、闇夜の中へと消えていった。 第13話 「心の壁」 / 各話一覧 / 第15話 「スヴェルの空に向かう船」
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前ページ次ページゼロのエルクゥ 「やれやれ、できればもう少しスマートにやりたかったんだがねえ……ま、すぐにバレるだろうが、逃げる間ぐらいは時間が稼げるだろ。ったく、ホントあのクソジジイのセクハラったら……!」 学院より四半日ほど離れた街道を、ロングビル―――『土くれ』のフーケは、ゆったりと幌付きの馬車で進んでいた。 周囲に人影が無いのを確認して、懐から何かを取り出し、しげしげとそれを眺める。 泥のついていない小奇麗なマツタケ。そんな風に見えるキノコだった。綺麗すぎて、どこか蝋細工のようでもある。 「"食べた者に、烈火の如き勇気と力を与えるキノコ"……ま、あたしはそんなんいらないし、いつものように、適当なルートに売り払おうかね」 自らを匪賊に貶めた連中に対する復讐、なんて感情も、とっくの昔に擦り切れてしまった。 話によれば、近いうちに自滅するみたいだが……たぶん、あの時にああしなかった貴族―――王族なんて、皆無だろう。良い意味でも悪い意味でも、王というのはそういうものだ。王弟だからと言って手心を加えなかったのは逆に高潔であるとも言える。 そういう意味では、最初から、別段、特定のどこかや誰かを殺したいほど憎いという訳ではない。代わりに、貴族、なんていうもの全てが嫌いにはなったが。 高慢ちきなお貴族様が宝物を盗まれてあたふたするのを眺めて楽しむ。そのぐらいで十分溜飲は下がった。 「さって、珍しく安定してた収入はなくなっちゃったし、これからどうしますか……」 キノコを懐にしまい直して、うららかな陽気に一伸びする。 目の前では街道が交差し、分かれ道になっていた。 「……キナ臭い話もあるし、秘書の仕事が忙しかったしね。久しぶりにテファのところにでも顔出そうかしら」 そう呟いて穏やかな笑みを浮かべると、フーケは馬車を北に向けた。 § 学院は、上へ下への大騒ぎだった。 「ふぅむ……まさかこの宝物庫に賊が侵入していたとはのう……」 衛視から報告を受けたオスマンは、確かに"烈火のキノコ"が無くなっている事を確認して、大きくため息をついた。 「土くれのフーケ! 貴族達の財宝を荒らしまくっているという盗賊か! この魔法学院にまで手を出すとは、随分とナメられたものですな!」 「衛兵は一体何をしていたんだ!」 「フーケは盗賊とはいえメイジ、平民の衛兵など当てになるか! そもそもいつ盗まれていたのかすらわからないんだぞ!」 集まった教師連中は、口々に好き勝手な事を喚き散らしている。話は紛糾するばかりで、実のある方向に向かっていく様子はなかった。 オスマンはもう一度ため息をつき、現場を検分していたコルベールに話しかけた。 「ミスタ・コルベール、書き置きを発見したのは彼等二人なのじゃね?」 「はい。足を滑らせて扉にぶつかった折、鍵が掛かっているはずの扉が開いてしまったので驚いて報告したと。間違いないかね?」 「ま、間違いありません」 「ふぅむ……教師諸君! ここ最近、宝物庫に入ったものはおるか?」 ざわついていた教師が一瞬静まり返り、顔を見合わせた。 その内の一人が、おそるおそると手を上げる。 「に、二ヶ月ほど前、授業に使うための『遠見の鏡』を持ち出しましたが……」 「その時には?」 「こ、こんなものはありませんでした。ハイ」 「では、二ヶ月以内に入った者は?」 再び顔を見合わせる。今度は、手を上げるものはいなかった。 「おらんか。犯行は少なくとも二ヶ月以内に行われた……手がかりナシに等しいの」 「あ、あの」 衛視の一人が、こわごわと言葉を紡いだ。 「なにかあるのかね?」 「ほ、本日は、ミス・ロングビルがいらっしゃいました。宝物庫の目録を作る、とかで……お昼前ぐらいだったでしょうか。半刻ほどして、何事もなく出て行かれましたが……」 「ふむ……そういえば、そのミス・ロングビルはどこじゃ?」 見渡してみても、あのぷりんとした尻は見当たらなかった。 「見当たりませんね」 「そのようじゃな。あー、君々、ちょっとミス・ロングビルを探してきてくれんか」 「わ、わかりました」 所在なさげに教師達を見やっていた衛兵の一人が頷き、早足で駆けていく。 「やれやれ。ガンダールヴといいフーケといい、新学期早々厄介事が続きおるわい」 オスマンは眉間に皺を寄せて、ため息をついた。 そのすぐ後、ロングビルの私室から『学院長のセクハラに耐えられないので辞めさせていただきます』という書置きが発見され、オスマンの眉間の皺がさらに深くなる事となったのだった。 なお、彼の秘書に対するセクハラは公然の事実であったので、ロングビルの予想に反し、誰も"ロングビルがフーケであり烈火のキノコを盗んで逃げたのだ"と言い出さなかったのは余談である。 § 「明日のフリッグの舞踏会が中止ですって? なんで?」 「さあ? 中止っていうだけで、理由は誰も教えてくれないのよ。もう! せっかく特製のドレスでダーリンを悩殺しようかと思ってたのにぃ!」 「……はぁ。ツェルプストーはろくな事を考えないんだから」 学院に帰ってきたルイズ達を待っていたのは、何やら慌しい雰囲気だった。 「まったく、今日は厄日かしらね、打つ手打つ手が全部裏目に出ちゃうわ。ルイズには先を越されるし、タバサもどこに行ってたのか話してくれないし」 「…………」 食堂で夕食を取った後、ルイズはキュルケ、タバサと食後の紅茶を飲むのが日課のようになってしまっていた。 キュルケは自分にとっても一族にとっても天敵だったはずなのだが、耕一が召喚されてからというもの、なんとなく印象が柔らかくなった気がして、話が続いてしまうのだ。(タバサの方は、キュルケが引っ張り込んで一緒に居るだけのようで、ほとんど喋らないが) その当人たる耕一は、いつもの通り厨房に行っていて、食堂内にはいない。そろそろ入り口に現れる頃だろう。 「なんでも、宝物庫に盗賊が入ったらしいわよ。あの『土くれ』のフーケ。先生が総力をあげて探してるから中止って話だけど」 「それ本当なの? モンモランシー」 今日は、長いブロンドの髪を豪奢な巻き毛にした少女―――モンモランシーも、その輪に加わっていた。 浮気者の恋人をワインボトルでしばき倒した、あの少女である。 紆余曲折の末によりを戻した恋人が級友の使い魔に妙に傾倒しているので、彼女もその主人と交友を持つようになっていた。 彼女自身、ルイズの事を内心バカにしていた一人で、使い魔とギーシュの決闘というのも見ていないのだが、プライドはえらく高い方であったあのギーシュが、あれ以来ルイズにも酷く丁寧に接するので、なんとなくそんな気持ちは薄れていたのだった。 「『土くれ』のフーケ……今日街でもその名前を聞いたわ。貴族の屋敷から宝物を次々と盗んでいる怪盗だって」 「トライアングル相当って聞いてたけど……ここの宝物庫から盗み出したとなると、スクウェアクラスかもしれないわね」 「スクウェアの土メイジなんて、エリート中のエリートじゃない。なんで盗賊なんてやってるのかしら」 フーケの件は厳重に緘口令が敷かれていたが、人の口に戸は立てられぬもの。 舞踏会の中止が告知されるや否や、それとほぼ同時に、その理由として噂の口に昇っていた。 「ま、ともかく作戦は最初から練り直しかぁ。どうしようかしら」 「もう、ホントに盗賊が入ってたとしたら、そんな悠長な事言ってる場合じゃないでしょ。色ボケもいい加減にしときなさいよ」 「て言ったって、あたし達がピリピリしたって犯人が捕まるわけじゃないわよ」 「それは、そうだけど……」 「…………餅は、餅屋。ルパンに、銭形」 「そういう事。捕り物なんて、先生とか衛士隊とかに任せておけばいーのよ」 うー、と黙ってしまったルイズを見て、難儀な性分ねぇ、とキュルケは苦笑し、紅茶のカップを傾けた。 「っていうかタバサ、るぱんとぜにがたって何?」 「…………あなたの、心です」 § 「学院長の方も、タバサちゃんの方も、手がかり無し、か」 本来ならば絢爛な舞踏会が行われていたはずの夜は、しかしいつもの静けさのまま、人々を安らぎの闇に包んでいた。 『すまんのう。図書館の文献を当たらせてはおるが、まだ手がかりと言えるようなものは見つかっておらんのじゃ』 『仕事で遠くに行っていて、もうしばらくは会わせる事が出来ない』 先程続けてもたらされた話を思い出して、耕一は肩を落とした。 秘書が辞めてしまったらしく、書類に忙殺されていた老人に無理を言うのは憚られたし、基本的に善意で言ってくれているタバサに至っては言わずもがな。 元々誰かに当たり散らすような性格ではないが、未だ慣れぬ異邦の世界ではうまく解消する術も無い。耕一は、肩を落とした姿勢のまま、腹に溜まった物を静かに吐き出した。 「ま、そう気を落とすなって、相棒」 「気が利くねえ、デルフ」 「任せな。相棒のためなら気ぐらいいつでも利かせてやるさ」 腰に差した剣―――デルフリンガーの鍔飾りが、カタカタと鳴る。 陽気な彼とのお喋りは決して嫌いではなかったので、耕一は鯉口を締める事はせず、常に彼を喋る事の出来る体勢に置いている。 それを気に入ったのか、彼は耕一を、相棒、などと呼んでいた。 「しっかし、別の世界から召喚された、ねえ。相棒も難儀なこったな」 「まったくだよ。なあ、お前は何か知らないのか? 六千年も生きてるんだろ?」 「残念ながら、そーいう細けえ事まで覚えちゃいねーよ。六千年つったって、最初の頃以外はホントつまんねえ事ばっかりだったしな。何十年も埃の被った棚に放置されたり、何百年も真っ暗な倉庫に入れっぱなしにされたりしてみ? ありゃ気が狂うね。マジで」 「はは、つかえねーの」 「ひでえ。でもま、相棒なら許してやる」 「そりゃどうも」 広場に出ると、月明かりの中、まだ仕事を片付けている奉公人がちらほらと残っている。 「あ、それで一つ思い出した」 「何を?」 「相棒、俺を抜け」 言われた通りに鞘から抜き放つと、錆びついていたその刀身が、微かに光り始めた。 「デルフ?」 「最初の持ち主が死んじまってから、ホントつまんなくてよ。世を儚んで、こんな格好にしてたんだが」 「う、おっ……!」 その光は徐々に強くなっていき、やがて夜を切り裂き、視界を覆うほどに膨れ上がる。 それが収まった時……耕一の手には、錆び一つ無く銀色に光り輝く、見事な名剣が握られていた。 「最初の頃は、こんなだったんだよ、俺」 「……先に言ってくれ。結構びっくりしたぞ」 「悪ぃ悪ぃ。驚かしたくてよ」 「こんにゃろ」 広場に残っていた奉公人達が何事かと目を向けてきたので、慌てて女子寮の塔に飛び込む。 「ま、お前さんといると面白そうだからな。俺なりの誠意ってヤツだ。よろしく頼むぜ、相棒」 「ああ、よろしく。デルフリンガー」 何千年という時を過ごしながらどこまでも陽気な剣の声に、少しだけ気持ちが軽くなった耕一だった。 前ページ次ページゼロのエルクゥ
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烈火! 気高く咲け薔薇の戦士よ その① たった一人、タルブの村の草原に降り立った若きメイジは、三十メイルの巨大ゴーレムを前に臆する事なく気高き眼差しと薔薇の杖を向けた。 「久し振りだな……土くれのフーケ!」 見覚えのある金髪の美少年を前にフーケは眉をひそめ、そして相手が何者であるかを思い出すと同時にニンマリと笑った。 「あら、あなたは確か……そう……ラ・ロシェールでヴァリエール達と一緒にいたわね。 役立たずの木偶ゴーレムを作って、女の子の影に隠れて、こそこそと錬金した坊やね。 お友達はどうしたの? あなただけ? クスクス……まさか『独りぼっち』なの?」 「ああ、そうだ。キュルケとタバサはジョータローの救援に向かった……。 だからッ! フーケ! お前の相手は『僕一人』という訳さ。 そして今日こそ決着をつけてやる! 貴様には……二度と負けないッ!!」 ギーシュの言葉を聞いてフーケは再び眉をひそめる。 妙だ、ギーシュの言葉はおかしい。 「負けないもなにも、悔しいけどラ・ロシェールの戦いは坊や達が勝ったでしょう?」 「ああ、そうだ。だがあれはキュルケとタバサの勝利! 僕はただ手助けをしたにすぎない……僕がいなくても彼女達は勝っただろうね……。 覚えていないのかフーケ? 破壊の杖を盗んだ時、ルイズと一緒にいたこの僕を」 言われフーケは記憶を探る。あのラ・ヴァリエールの小娘と一緒にいた少年を。 「……ああ、そういえば、いたわね。ちみっこい雑魚が。 え? あれ、あなただったの? フフッ、ククッ、アーッハッハッハッハァッ! 確か……『薔薇の棘は女の子を守るためにある』とか言ってたわね。 でも薔薇なんてのは花壇で丁寧に手入れされて咲くなまっちょろい花よ。 この土くれのフーケと一人で戦う……? 面白い侮辱の仕方よ……坊やッ……」 双眸が釣り上がり、瞳に殺意という漆黒の闇が渦巻き出す。 唇は獲物を前にした獣のように、しかし艶かしく濡れ、戦う前から解りきっている勝利という美酒を堪能するかのように弧を描く。 それに対しギーシュは友を守るため村を守るため国を守るため、燃える使命感が鼓動を高鳴らせ、気高き誇りが背筋を真っ直ぐに固定し、かつて土くれに敗北した恐怖に打ち克ち勇気の光に瞳を輝かせていた。 「我が名はギーシュ・ド・グラモン! 誉れ高きグラモン元帥の血を受け継ぐ者! 二つ名は青銅……青銅のギーシュ! これより土くれのフーケを倒す男の名だ!」 「たかだか魔法学院の生徒の分際でよくそこまで吼えたわね。 いいわ……勇気ある男気へのご褒美として地面をのた打ち回る苦痛を、そして愚かにも雑魚の分際で私に勝負を挑むという侮辱への罰として――」 ゴーレムが拳を振り上げる。戦いの幕は切って落とされた。 「死という永劫の孤独を与えて上げるわ!」 「うおおっ! 来い、フーケ!」 円を描いて上から振り下ろされるゴーレムの拳を、ギーシュは思いっきり横に転がる事で回避する。 地面が揺れるほどの轟音の後、拳が巻き上げた土が雨のように降りかかった。 太陽の光を浴びて金色に輝く髪が、白く端正な肌が土で汚れる。 「クッ……やはりパワーでは勝てない、悔しいがクイーンは精神力の無駄遣いでしかない」 「いつかのように青銅のゴーレムを出してみたらどうなの? ひとつ残らず踏み潰して上げるわ……虫けらのようにね!」 「いいやッ、踏み潰せないね。なぜなら僕はお前をそこから叩き落すからだ。 ゴーレムの上という安全地帯から……叩き落してやるぞ、フーケッ!」 ギーシュが薔薇を振ると、彼の周囲に薔薇の花びらが現れ渦を巻いた。 真紅の螺旋はギーシュを防護するように包み、天高く舞い上がる。 「クスクス……所詮、一人じゃ何もできないようね。結局お友達の作戦頼り? そんな奇策が二度も通用する……と、本気で思っているのかしら?」 上空から薔薇の花びらが嵐のように降り注いだ。 髪の毛や服を赤く彩られたフーケは、自分のゴーレムを見回す。 ゴーレムもまた頭や肩を赤く飾られていた。フンッと鼻で笑う。 「今だッ! 錬金ッ!!」 「小賢しいッ」 ゴーレムは即座に上半身を跳ね上げた。 その勢いでゴーレムに降りかかっていた花びらがすべて跳ね除けられてしまう。 ゴーレムの肩に足をめり込ませて身体を固定していたフーケは、自身まで吹っ飛ばされるなどという失態を犯す事なく、自分についていた花びらも見事に散らせた。 「フッ……アハハハハッ! これで解ったでしょう? 私を……叩き落すとか言ってたわね、お坊ちゃん」 絶対の自信と確信を持ってフーケは高笑いをし、無様な虫けらを見下した。 「私は上! あなたは下よ!」 「お前が下だ! 土くれのフーケッ!」 裂ぱくの気合がフーケの身を叩く。 ギーシュの双眸は戦士のように力強く、フーケを射抜くようにとらえている。 声に普段の軽薄さは微塵も無く、運命を切り開くほどの覇気を持っていた。 盗賊としてメイジとして優れたフーケの直感が警鐘を鳴らす。 馬鹿な! なぜ、土くれのフーケともあろうものが、こんな小僧を相手に危機感を抱かねばならないのか!? 「ゴーレム! その生意気な小僧を叩き潰せ!」 「ワルキューレ! その傲慢な盗賊を叩き落せ!」 影を感じた。最初の違和感はそれだった。 自分と太陽の間に、自分の上に、何か、何かがいる。 そう直感したフーケは空を見上げた。 青空の中、小さな紅い雲が浮かんでいた。その中に何かがいた。 ガンダールヴの操る竜の羽衣か? ワルドの駆る風竜か? タバサの乗るシルフィードか? 否。それは人と同じ形をしていた。 では人か。 否。それは人ではなかった。 答えはもう解っているはずだ。下にいるメイジが答えを口にしている。 だが! なぜ! それが! このタイミングで! そこにいる!? 「花びらを空中に舞わせたのはゴーレムにかけるためじゃあない……。 空中でワルキューレを作り、お前目掛けて落下させるためだ!」 本来ワルキューレは花びらを土に触れさせ、土を素材に作り出す。 だが今回はそのすべてを花びらで補った。 故に『土』に含まれる様々な成分を得られなかったこのワルキューレは、通常のワルキューレに比べ青銅の質も密度も非情に劣悪の、出来損ないだ。 しかも素材が足りない分無理して作ったため、精神力の消耗も甚大である。 ワルキューレ四~五体分くらいの力を使ってしまったかもしれない。 だがその劣化ワルキューレこそがこの戦況を引っくり返す可能性を持っている! 「くっ……弾き飛ばせ!」 「もう遅い! フーケ、覚悟!」 上空から一直線にフーケ目掛けて落下してきたワルキューレは、スピアを突き出してフーケの胸を狙う。 魔法で対処する時間は無い。フーケは身体を捻って避けるしかなかった。 だが間に合わない。 スピアは回避できたが、ワルキューレの体当たりをまともに受けてしまう。 「ギャウッ!」 ワルキューレの体重を一身に受け、フーケは地面へと落下した。 ――このままでは押し潰される! 三十メイルの高さ、ワルキューレの体重、何とかしなくては。 ゴーレムを使う訳にはいかない。大きい分、大雑把な動きしかできないため、ワルキューレをどうにかしようとしたら密着している自分までどうにかされる。 「くっ、ぬぅ……ああっ!」 ワルキューレはスピアを握っている。だからこちらは自由に動ける。 フーケはワルキューレのスピアを足で蹴り、肩を手で掴んで身体を持ち上げる。 そうする事でワルキューレの身体の下から逃れたフーケは、咄嗟にレビテーションをかけたがすでに地面目前だったため、浮遊が間に合わず、しかし落下の勢いを半減させて地面に叩きつけられる。 「ガハッ!」 フーケの悲鳴に重なって、すぐ側で金属が砕ける音がした。 フーケを叩き落した劣化ワルキューレが地面に激突して砕け散ったのだ。 「くっ……や、やってくれる」 ギリギリと歯を食い縛りながら、フーケは杖を振ってゴーレムを操った。 早く自分を回収させなくては。ゴーレムの手がフーケに伸びる。 「気づかないのかフーケ! お前のゴーレムはすでに! 僕の『結界』の中にいるという事に!」 「……えっ?」 フーケは見た。ゴーレムの足元が、赤い。 その赤は線を描くようにギーシュの足元へと伸びていた。 「これが……僕を勝利へ導く『花道』ってやつさ」 ギーシュが杖を振る。 「錬金! そして地を這う油を『着火』するッ!!」 紅い薔薇の花道がドロリとした油に姿を変える。 直後、再び紅い花を咲かせる。 炎という紅い花を。 炎はゴーレムの足元まで一気に伸び、燃え盛る。 だがその程度の炎で倒れるほど土くれのゴーレムはやわではなかった。 だから――。 「さらに『錬金』する! ワルキューレを作るためだけに薔薇を舞わせた訳じゃない!」 フーケは空を見上げた。ワルキューレが背にしていた紅い雲がまだ浮かんでいる。 それは雲ではなく――滞空する薔薇の花びら! 魔法を錬金の方に使ったため、もう花びらは操れない。重力に引かれて落下するだけだ。 だが、それでいい。 花びらすべてが油となると、雨のようにゴーレムに降り注いだ。 土で作られているゴーレムの全身に油が染み込み、引火する。 足元から下半身へ、上半身へ、腕の先まで、全身を焼き尽くされるゴーレム。 「何て……事……」 自分の生み出したゴーレムが成すすべも無く崩れ落ちていく様を、フーケは呆然と見つめていた。 そしてそのフーケの背後に足音が近づいてくる。 慌てて立ち上がると同時に振り返り杖をかざす。 フーケの杖を向けられた先には、ギーシュの薔薇の杖があった。 その距離ほんの数サント。 「これで……対等だ、土くれのフーケ……!」 「こ、殺す……殺してやるわ。青銅の……ギーシュ……!」 交錯する。怒りに燃えるフーケの瞳と、闘志に燃えるギーシュの瞳が。 ゴーレムを焼き尽くした炎は草原にも火が移り、まるで逃がさぬというようにフーケの背後に広がっていた。
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前ページ次ページゼロの登竜門 ゼロの登竜門 幕間 討伐の成果報告 ルイズ、キュルケ、タバサの三名はオールド・オスマンに報告をする。 そして丁度学園長室にいたコルベールも一緒に聞くことにするらしい。 「ふむ、まさかミス・ロングビルがフーケだったとは……。最初から学院に潜り込むつもりだったんじゃな」 「いったい何処で採用されたんですか?」 「街の居酒屋じゃ。美人だったものでなんの疑いもせず秘書に採用してしまった」 ミス・ロングビルがフーケだったことを伝えると、オスマン氏はそんなことをのたまった。 その後いくつかオスマンとコルベールが言葉を交わす。三人はダメな大人の一面を垣間見た気がした。 三人のそんな視線に気付いたのか、二人はコホンと咳払いをして話題を変える。 「さてと、君達はよくぞフーケを捕らえ、『破壊の小箱』を取り返してきた。これは大変名誉なことである」 そう、さまざまな貴族の屋敷に忍び込み、お宝を易々と盗み出していたフーケを捕らえたのだ。 三人は恭しく礼をする。 「フーケは城の衛士へ引き渡した。破壊の小箱は無事に戻ってきた。一件落着じゃ」 そう言ってオスマンは机の上に置いた小箱を、袋の上からポンポンと叩いた。 「君達の『シュヴァリエ』の爵位申請を宮廷に出して置いた。追って沙汰があるじゃろう。ミス・タバサはすでにその爵位を持っているから精霊勲章の授与を申請しておいた」 オスマンのその言葉に三人の顔が輝いた。 といっても、タバサの表情は相変わらずだったが。 「本当ですか?」 「本当じゃとも。いいんじゃよ、お主らはそれくらいのことをしたのじゃから」 キュルケの言葉に、オスマンは孫を見るような笑みでそう返した。 そして話題を変える。 「さて。今日の夜はフリッグの舞踏会じゃ。破壊の小箱の憂いもなくなったことだし、予定通り執り行う」 オスマンの言葉にキュルケの顔がぱっと輝いた。 フーケの騒ぎですっかり忘れていたようだ。 「ほっほっほ、今日の舞踏会の主役は君達じゃ。用意をしておきたまえ。せいぜい着飾るのじゃぞ」 三人は一礼してドアへと向かう。 キュルケがドアを開いて外へと出る、その時ルイズがピタリと立ち止まった。 「ルイズ?」 「気にしないで、わたしはもうちょっと話すことあるから」 怪訝そうにするキュルケだったが、強いて追及することでもなく、先に歩くタバサへ付いて階下へと消えた。 ルイズはドアを閉め、二人へと向き直る。 「何か……聞きたいことがありそうじゃな」 オスマンのその言葉にこくりと頷いて、コツコツと歩いて元の位置に戻った。 「その……破壊の小箱のことなんですけど……いったい何処で?」 「……なぜそのようなことを気にする?」 オスマンの質問返しにルイズはしばし沈黙する。そして怒られる事を承知で告白した。 「その小箱は、キングが使うことが出来たのです」 「キング?」 コルベールの言葉に「わたしの使い魔です」と答えた。 「その小箱を使った途端、キングは、白い閃光を放ちました。閃光はフーケの数十メイルもあろうかというゴーレムの胴体を跡形もなく消し飛ばしたのです」 その証言にコルベールは目を輝かせる。そしてオスマンは袋の中から小箱を一つ取りだして、起動させる。 ピンポン、と音がしてアナウンスが。 「………このことは他言無用じゃよ? お主らが信頼できる者として話す」 オスマンが二人へ順繰りに視線を向けると、両名ともこくりと頷いた。 「まず、ミス・ヴァリエールの使い魔、キングが使うことが出来た理由はその使い魔のルーンが理由じゃろう」 「使い魔のルーン?」 疑問符を頭に浮かべながら呟いたルイズへ、オスマンはコルベールへ指示する。 コルベールはそれに答え、その手に持った本を開いた。 そして、ルイズがそれに目を落とす。 「ミョズニトニルン。始祖ブリミルが従えていたという伝説の使い魔のルーン。キングのルーンはそれとまったく同一のモノだったのです」 タマゴにはルーンが刻まれていなかった、その為コルベールは生まれたら連絡するようにルイズに伝えたのだ。 彼がキングのルーンを確認したのは、ギーシュが気絶したその後のことである。 「珍しいルーンだと思い調べてみたのですが記述がまったく見あたらず、ここまで遡ってやっと……」 コルベールがそう言うが、ルイズはじっとその本の記述を見つめていた。 「なんでも、あらゆるマジックアイテムを扱うことが出来たそうじゃ。小箱を使うことが出来たのもそれが理由じゃろう」 オスマンのその言葉にルイズは本から顔を上げる。 「マジックアイテム? では小箱はやはりマジックアイテムなのですか?」 「それはわからんのじゃ。なにせわしがどんな魔法をかけても小箱はウンともスンとも言わんのじゃからの。マジックアイテムならば魔法をかければ何らかの反応が返るはずなんじゃが……」 「ポケモン……」 「?」 ルイズの呟きに二人は首を傾げた。 「ポケモン、と言う単語に心当たりは?」 その言葉に、オスマンはもう一度小箱を起動させ、アナウンスが流れる。 「この言葉じゃな。あいにくわからん……小箱を預かった少年も詳しい話はしてくれなかったしの……」 「少年?」 オスマンはこくりと頷いて、語り出した。 「今から……そう、三十年前になるか。三十年前、森を散策していたときワイバーンに襲われた。そこを救ってくれた少年が、小箱を預けたのじゃよ」 「あずけた? なぜです」 「それは……皆目検討も付かん。紺色の……見たこともない美しいドラゴンに乗った少年じゃった。珍しい黒髪をしておったよ」 二人とも、黙って聞く。 「他にも何人かそのドラゴンに乗っておった。その内の一人は……そう、ミス・ヴァリエール。君と同じような髪をしておった」 「わたしと同じ……ですか」 「うむ。何人乗っていたかはなにぶん昔のことなので思い出せないが……四人くらいは乗っていたかのう……」 「それで……彼は他には何か?」 「…………そうじゃな、乗り合わせた少女が彼に耳打ちをして袋を彼に渡したんじゃ。彼は背負っていたカバンから小箱をいくつか袋の中に入れた。その時に言った言葉が……」 そこで一旦区切って、オスマンはお茶を一口飲んだ。 「そこで彼は「これは『破壊の小箱』です。何も言わずに預かっていて欲しい」と言ったんじゃ……彼らとはそれっきりじゃ、今回盗まれるまでとんと忘れておった」 「そう…………ですか」 「命の恩人の頼みとあらば断ることも出来なくてのう。彼は「使い道がわかれば使っても構わない」と言ったんじゃがあいにく使い方がわからなかったのでな。ずいぶんお蔵入りしておったんじゃよ」 ルイズはオスマンの目を見るが、ただじっと見つめ返されるだけ、これ以上話す事は無さそうだ。 「わかりました……失礼します」 ぺこりと一礼してルイズは踵を返す。 カチャリとドアを開けて外に出て、ぱたんと閉めた。 そして学園長室にはオスマンとコルベールが残される。 「あの、オールド・オs「実はのう、コルベール君」 しばしの沈黙の後、コルベールが発言したがオスマンがソレを遮るように語り出した。 「なんでしょう」 「ミス・ヴァリエールに伝えておらぬ事がいくつかあるんじゃよ」 「いくつか…………ですか」 「実はその時、少年はドラゴンに乗っていただけではなく、淡い緑色の、不思議な生き物をも従えておったのじゃ」 「緑色の……」 「彼らの周囲を飛び回っておった。常に動き回っていたためハッキリとした姿は捉えられなんだが……これくらいじゃったかな」 そう言ってオスマンは両手でその大きさを説明する。 「だいたい……70サントかそれぐらいですか」 「うむ、その後さまざまな事典で調べはしたが全くもって調べられなんだ」 「未知のドラゴンに乗り。更に未知の生き物を従えてたと。そうおっしゃるのですか」 「どこから来たのかと聞いたら「遥か遠い場所から」と。ロバ・アル・カリイエかと聞いたら「ソレより遥か遠きところ」と」 「それより遠く……まさか……西の最果て?」 東のロバ・アル・カリイエでないとすれば、西の大海の遙か先しか無いはずだが。 「そんな有るかどうかも判らん物は引き合いに出すでない。行って帰ってきた者などおらんしの」 「失礼しました」 コルベールが詫びて一礼する。 その点で言ったら東も同じだが、陸続きであるという点では東の方が有利である。 エルフが暮らすサハラをどうにか超える事さえ出来れば、その向こうに土地があることは明確なのだから。 それにしても、ロバ・アル・カリイエよりもはるか遠くから来たと言う彼ら。 彼らはなぜ、そしてなんのために小箱をオスマンへと託したのか。 オスマンは数年間考え続けた。しかし答えは出ないまま三十年もの月日が過ぎた。 そしてこの度、フーケに盗まれたことにより、埋もれていた記憶は一瞬の内に発掘された。 ルイズにも、そしてコルベールにも話していない、彼らからの予言も。 オスマンは、閉じた扉をじっと見つめていた。 前ページ次ページゼロの登竜門
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前ページ次ページゼロのアトリエ 「あさー、あさだよー。」 誰かの声がする。誰だっけ? まあいいや、もう少し寝ていよう…そう思って体を丸めようとした瞬間、毛布が剥ぎ取られる。 「お目覚めですね? ご主人様!」 そう言ったヴィオラートの笑顔には、ルイズ自身の言った事は絶対に守らせる!という 凄みがあった。 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師4~ 「ああ、ヴィオラート…そうね。昨日、召喚したんだっけ…」 ルイズはのそのそと起き出して、ヴィオラートに命じる。 「服。」 ヴィオラートは一瞬怪訝な顔をするが、すぐに納得したのかルイズの服一式を用意する。 「着せて。」 今度はあっさりと、ルイズの着替えを手伝うヴィオラート。 しかし、ルイズはなんとなく居心地悪さを感じ始めていた。 (何なの、この…私をイツクシムような、ヤサシサあふれる視線は…) なんで着替えぐらいでこんな気持ちにならなければならないのか。 (ひょっとして、私をかわいそうな子扱いしてるんじゃないでしょうね!) 苛立ちをおぼえて振り向いたその先には、しかし、 「ん?」 ヴィオラートの、人懐っこい微笑があるだけで。 「な、何よ。さあ、着替え終わったらさっさと行くわ。朝食よ。」 ばつが悪くなったルイズは、正体不明の何かから逃げるように扉を開けた。 「あら。おはよう、ルイズ。」 嫌なやつに会った。ルイズが扉を開けたちょうどその時、同じように扉を開けて燃えるような赤い髪の女の子が姿をあらわしたのだ。 「…おはよう。キュルケ」 義務的に挨拶を返す。 魔法が使えて、あらゆる意味の色気にあふれ、そして何より、おちちが…おちちが大きい。 その存在全てがルイズの感情を逆撫でする、まさに不倶戴天の仇敵であった。 「あなたの使い魔って、それ?」 彼女は小馬鹿にした口調で、ヴィオラートを指差す。 「そうよ。」 「あっはっは! ホントに人間なのね! すごいじゃない! 流石はゼロのルイズ!」 「うるさいわね」 「あたしも昨日、使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って一発でね?」 「あっそ」 「どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよね~。フレイム!」 キュルケがそう呼びかけると、キュルケの部屋からのっそりと、オレンジ色の大きなトカゲが現れた。 「ああっ、サラマンダー! 大丈夫なの?」 ヴィオラートは驚いて、距離をとりつつ秘密バッグの口に手をかける。 「平気よ。あたしが命令しない限り、襲ったりしないから。それより見て、この尻尾。素晴らしいと思わない?」 たしかにすごい。ルイズから見ても素晴らしいと思う。正直羨ましかった。 しかし、まさにそこがルイズの癇に障る。自分が不甲斐ないからキュルケなんかを調子に乗らせる。 「へえ~、こんなのも使い魔になるんだー。触ってもいいかな?」 ヴィオラートがしきりに関心を示しているのも気に入らない。何だというのだ。 キュルケなんか…ツェルプストーなんかに愛想をふりまかなくてもいいのに! 「あなた、お名前は何とおっしゃるの?」 「あたしはヴィオラート。」 「ヴィオラート。いい名前ね。あたしはキュルケ。微熱のキュルケ。」 キュルケはそこで一旦区切ると、ルイズにあてつけるように胸を張り、ルイズに向かって艶かしい視線を送る。 「ささやかに燃える情熱は微熱。でも、世の男性はそれでいちころなのですわ。あなたと違ってね?」 キュルケは視線をヴィオラートの胸に移動させ、その後視線をルイズの胸に固定し、嘲るような笑みを浮かべる。 「じゃ、失礼?」 そのまま、キュルケはさっそうと歩いていく。歩く姿でさえ何だか様になっていた。 「くやしー! 何なのあの女! 自分がサラマンダーを召喚できたからって! ああもう!」 やり場のない憤りを抱えたまま、ルイズはちらりとヴィオラートの胸をチェックする。 (使い魔のくせに、つつつ使い魔のくせに! この学院じゃキュ、キュルケの次に大きいんじゃないの? 腹立つわ!) キュルケが胸山脈なら、ヴィオラートは胸連峰。私はせいぜい河岸段丘、河岸段丘のルイズ。はは。 「ルイズちゃん?」 様子のおかしいルイズを心配したのか、ヴィオラートがひざを屈めてルイズを覗き込む。 ヴィオラートの顔と一緒に胸部もルイズの視界に入ってくることになり、ルイズは理不尽な怒りを覚えることとなる。 「だ、だいたいあんたが!」 「え? あたしが?」 言葉に詰まる。ヴィオラートは何も悪くないのだ。それどころか、今の今まで胸を意識せずにいられたのは、ヴィオラートの気遣いによるところ大であろう。何を責めるというのだ。 自分にとって最高の使い魔であるとルイズ自身がそう思っているのに、何が悪いと言えばいいのだろう。 「…河岸段丘…」 「え?」 思わず口をついて出た言葉は、ヴィオラートに悩みを打ち明けたいという依頼心のあらわれであろうか。 「な、何でもないわ! さっさと行くわよ!」 照れ隠しなのか、廊下をまさにのし歩くルイズの後姿を見つつ、ヴィオラートはルイズの発した言葉の意味を勘案しつづけるのだった。 「…河岸段丘?」 前ページ次ページゼロのアトリエ
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「決闘だ!!」 朝食の席、そこで 土系統のドットメイジ。ギーシュ・ド・グラモンは声も高らかに決闘を宣言した。 理由は簡単。ギーシュ曰く『貴族の誇りを汚されたから』らしい。 だがその相手はというと、なんと平民のメイドである。 メイド――シエスタは小瓶を拾い、それをギーシュに渡そうとした。ところがそこから、彼が二股をかけているのがバレてしまったのである。 ギーシュは両頬に紅葉型の跡をこさえることになってしまった。 無論、シエスタに責任はない。 悪いのは二股をかけたギーシュである。 だが、そこで『自分が悪い』と認められるほど、グラモン家の坊ちゃんは大人ではなかった。 結果として、シエスタは貴族の憂さを晴らすため、生贄に選ばれてしまったのだ。 無論、殺すつもりまでは無かろうが、それでも女性に手を上げるのはいただけない。 今朝、そのメイドと親しい仲になったヴァリエール嬢は、当然の如くギーシュに抗議した。 「ギーシュ、そんなの貴族らしくないわ!! 第一アンタの『バラの流儀』ってやつはどうしたのよ!? 女の子には手を出さないんじゃなかったの?」 「僕の流儀に含まれるのは貴族だけだ」 その一言に我らがヴァリエール嬢はキレた。 クックベリーパイの恩義もある。 「ギーシュ! あたしがそこにいるシエスタの代わりに決闘を受けてあげるわ!」 「ほう。ゼロのルイズ。君は貴族同士の決闘は校則で禁じられている、というのを知らないのかな?」 「平民を魔法でいたぶる方がよっぽどよ!」 その言葉に、ギーシュは嫌みったらしく『アハハン』と笑う。 ちなみにギーシュと長い付き合いの友人たちはそれが『何か(よくないこと)を思いついた仕草』だと承知していた。 「なら、こうしようじゃないか。君の『使い魔』とこの僕が戦うんだ。これなら、僕たちが決闘したことにはならないだろう?」 嫌味の骨頂であった。 使い魔のいないルイズはこの戦いでは勝てようはずも無い。 提案されたルイズ自身が、そのことをよく承知していた。 ……いや、していたはずだった。 「それで、どうするんだい? ゼロのルイズ。僕が提案する平和的な決闘を受け入れてくれるのかな?」 ギーシュは自分の背景に薔薇を出しながら、尋ねる。 一方のルイズは顔をうつむかせ、その表情を窺い知ることは出来ない。 やがて、ゼロと揶揄された少女は顔を上げる。 それにあわせ、彼女の胸にある黄金錘が輝いた。 「…いいぜ! その決闘。受けてやる!!」 初め食堂にいる誰しも、そのたくましい言葉がルイズの口から出たとは信じられなかった。 「ちょっと。あの子、どうしたのかしら」 ルイズと隣室のキュルケは手に持っていたフォークを取り落とし、そのキュルケの隣にいたタバサも、読んでいた本から顔を上げた。 「え…っと。ミス・ヴァリエール・僕の耳が悪くなければ……」 「その決闘、受けてやるぜ キザ野郎!!」 正面を向いたルイズの顔つきは完璧に変わっていた。 造形ではない。雰囲気が。人格がもたらす空気が違う。 「な、な、な……」 「場所と日時を決めてもらおうか。こっちはいつでもいいぜ」 「ヴェ、ヴェストリの広場で午後一時に待っている。せ、せいぜいまともな使い魔を連れて来たまえ!!」 ルイズの『変身』に面食らった、ギーシュ・ド・グラモンは逃げるようにその場を去った。 それに合せるようにルイズの瞳が閉じられ、彼女本来の雰囲気が幼いその体に宿る。 「ミス・ヴァリエール! 大丈夫ですか!?」 「……ええ、なんとかね」 頭を押さえる。ルイズは実感していた。 自分の使い魔の正体を。 今朝、自分の耳に響いた声は幻聴ではなかった。 あれは『彼』が発した声だったのだ。 自分の掛けた黄金の三角錐に宿る、『彼』が。 そして、その三角錐に封じられた知識が、ルイズに告げていた。 『恐れるな。お前の召喚した使い魔を信じろ』と。 「シエスタ。嫌でなかったら決闘の立ち合い人として広場まで来てくれるかしら? ……無理にとは言わないけど」 シエスタは苦悩する。ルイズは自分を庇い、場を諌めてくれた。 だが、決闘に立ち合えば、自分の身が危うい。 「……失礼ですが、ミス。本当に決闘をされるおつもりですか?」 「ええ、勝つつもりよ。勝機もあるわ」 信じられぬ言葉だった。 ゼロのルイズが『ガラクタ』を召喚したのは魔法学院で働く平民達の間でも噂になっている。その役に立たないもので、彼女――ルイズは一体どうやって勝つつもりなのか? 決闘に勝つ確率よりも、自分が殺される確率が高いのは明白だった。 ―自分の使い魔(?)に絶望するあまり、ミス・ヴァリエールは頭がおかしくなった― そう考えるのが普通である。だがシエスタは違った。 彼女は応えたのだ。ルイズの友情に。 足を恐怖ですくませながらも、メイドは言い切った。 「ご一緒します。ミス・ヴァリエール」 かくして平民の少女、シエスタを初めとするトリステイン魔法学校の人々は、後に歴史に刻まれる戦いを眼にすることになる。
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第六話 ~タバサ~ ギーシュが決闘するらしい。タバサにとってギーシュはどうでもいい存在だが、あのハオという男の雰囲気 はただものじゃなかった。 「あら、珍しいわね。タバサあなたも興味あるの?」 キュルケは以外そうに聞いてきたが、 「興味深い…」 「あんたってギーシュのこと好きなの?」 コン キュルケの問いに、タバサは杖でキュルケの頭を叩いた。 「違う…」 「じゃあ平民の方?」 キュルケは驚いたように聞いてきたが、 ゴン 「違う…」 先ほどよりも力をこめて叩いた。 キュルケは何かと恋愛の方に話を持っていく。やれやれ、なんて考えているうちに周りが盛り上がってきた。 決闘が始まり、ギーシュは三体のワルキューレを作り出した。トライアングルクラスの自分にとって、ドット クラスのギーシュが作ったゴーレムなど大した存在ではないが、平民相手には十分すぎる力を持っている。 だが…… 「1050…830…970…なんだよ…ちっちぇな…」 彼の言葉の後、ワルキューレたちが散りすら残らず燃え尽きた。 「なに今の!無詠唱であんな威力の魔法…まさか先住魔法!?」 周りの驚いた声は当然だった。まさか平民だと思っていたやつが詠唱もなく、魔法を使うとは思わないからだ。 そしてタバサは、ハオが腕に付けた長方形のものを操作しながら呟いた数字が気になった。 「紹介しよう…彼はスピリット・オブ・ファイア…火を司る神聖な僕の持霊だ…」 そういうとハオの後ろに突然人間の何倍もある巨大なものが現れた。これにはタバサも驚いた。さっきから ずっと注意深く観察していたのに、あの巨大な存在を全く気付くことができなかったからだ。 それにあれから発せられる威圧感に周りが静まり返った。 「ふざけるなぁ!!ワルキューレ!!」 ギーシュは簡単に挑発に乗り襲いかかったが、あの体格からは想像もできないようなスピードでワルキューレ達 を燃えカスにし、ギーシュの後ろに回り込んだ。あんなでたらめな強さを誇るものは聞いたことがなかった。 「ぐあぁぁーーー」 ギーシュはあの巨大な存在に上から押し付けられていた。 (あれは火を操り、超高速移動が可能な彼の使い魔?) タバサはあれの正体を完全に理解することはできなかった。 しかし…… (あのスピードにパワー…あの人の助けがあれば、もしかしたら復讐が可能かもしれない。) そう思ったタバサは、今度あのハオという男に接触しておこうと考えた。 あくまで接触は慎重にやらなければならない。これがバレれば自分は反逆者として復讐をする前に 捕まってしまう。だがそのリスクを負ってでも、味方にする価値があるとタバサは思った。 スピリット・オブ・ファイアの出現により静かになっていた周りが騒がしくなっていた。 どうやらギーシュの怪我の状態が酷いらしい。 素敵……、と隣から聞こえてきたが聞かなかったことにした。 ~ルイズ~ 「あれが…シャーマン…」 ルイズは昨日、契約をした時シャーマンや異世界から来た事など、ある程度は聞いていた。 それでもメイジにはかなわないと思っていた。今回の決闘もギーシュに負けることによって、メイジの 力を思い知らせ、あいつは私の使い魔であることを理解させようと思っていた。 そうすることにより、今よりもハオを素直にさせ、使い魔の仕事もさせられるようになるいい機会だと思った。 それなのにメイジの力を思い知らせるどころか、気づけばこちらが圧倒されていた… 所詮、平民がつけた力なんて大したことない…そう思っていたのにギーシュはボロボロにされてしまった。 (私が止めなかったら、ギーシュは死んでいたかもしれない) ハオは死人を出さないという契約があるので殺すつもりはなかったが、ルイズはハオの衛兵になる時の契約 を知らない。 (平民の使い魔のくせに生意気よ!!) 今度はどうやって従わせようかとルイズは試行錯誤しながら自室に戻って行った。 ~???~ 「まずいね…あの化け物、私のゴーレムでも勝てそうにないね」 忌々しげにつぶやいた。 (ここは諦めるか…いやそれでは学院長のセクハラに耐えてきた日々が無駄になってしまう。) 長い時間をかけて下調べをし、セクハラに耐えて狙った宝をみすみす諦めることはできなかった。 「あいつのことを調べておく必要があるみたいだね…」 そう呟き、ヴェストリの広場から離れていった。 これが全部筒抜けだとは知らず、ハオにどうやって接触するかを考えていた。 決闘が終わり、ハオが警備という名の散歩を始めると、ヴェストリの広場から少し離れたところでシエスタがやってきた。 「あの、ありがとうございます!」 会ってすぐにシエスタはハオに深々と頭を下げた。 「気にしないでいいよ・・・あれが仕事だからね・・・」 「あのっ、ハオさん!」 「・・・・何?」 「あの・・・ハオさんは本当に平民なのですか?メイジではないのですか?」 そうおずおずと尋ねるシエスタ 「ああ、僕はここで言うメイジって奴じゃない。僕は、シャーマン。」 シエスタはシャーマンと言う言葉を聞いて (しゃーまん・・・・って何でしょう?なんかの食べ物なんでしょうか?いや、それだとハオさんが食べ物だって言ってることになってしまいますし・・・。) うーん、うーんと手を組んで考え出したシエスタを尻目にハオは散歩を続ける。 散歩を再開してすぐ、ルイズがやってきた。 「街に買い物に行くわよ!」 「うん、いってらっしゃい!」 決闘騒ぎから数日後、ルイズは休日である虚無の曜日であることを利用し 街へ買い物へ行こうとしていた。ルイズはハオに武器を買い、恩を着せることで自分に忠実な使い魔になってもらおうと考えたのだが 「いってらっしゃいって!あんたも行くの!ついてきなさい!」 「なんでついていかねばならない、僕には関係ないだろう」 ご主人様らしい所を見せてやろうとしているのにこのこいつは・・・ッ! そう思いながら拳を握り締めルイズは続ける。
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前ページ次ページゼロの社長 ルイズと海馬の二人は、トリステイン魔法学院の中で最も背の高い、真中の本塔の中にある『アルヴィーズの食堂』の前へとたどり着いた。 食堂の中はとても広く、そしてやたら長い机が3つ並んでいた。 食堂の飾りは豪華で、全ての机にローソクが立てられ、花が飾られ、フルーツが盛られた籠がのっている。 ふと見上げると、ロフトの中階には教師達が集まって歓談をしている。 「なるほど、上は教師、そして3つの机は学年ごとで生徒を分けているのか。」 「そうよ。…ところで、本来ならば平民はこの食堂には入れないのだけど、あなたは別。私の使い魔だもの。 事後承諾になっちゃうけど、後で先生達にも掛け合っておくから、今後食事は私とここでとる事になるわ。」 「ふむ…しかしこの内装のセンスはどうだ。成金主義の塊のような…」 「文句をいわない。さっさと席につきなさい。」 ルイズに促され隣の席につく海馬。 机には朝食だというのに、豪華な鳥のローストや、鱒の形をしたパイ、ワインなどが取り揃えてある。 「朝から良くこんなものばかり食える…」 という海馬の呟きはルイズには届かなかったようである。 「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします。」 祈りの声が、唱和される。隣を見れば、ルイズも目を瞑りそれに加わっている。 「ふむ…儀礼的な文句とはいえ、これをささやかな糧とは…」 「ぶつぶついわないの。ってセト?食べないの?水しか飲んでないじゃない。」 「いや、今は別に空腹ではないのでな。」 あ、そう?とルイズは大して疑問ももたずに自分の皿の方に目を戻した。 (宗教的なこともよくわからんが、とりあえずこの国は女王…つまり王制を敷いているということか。 ふむ、いつまでもここにいる気は無いが、ここにいる以上最低限の知識を手に入れておかねばならんな。 学院というのだから図書館くらいあるだろう。後で探してみるか。) と、先のことを考えて行動予定を立てていた海馬であったが、すぐさまその目論見は一つの障害にぶつかる事となる。 ルイズに付き添って授業を受けるために教室にルイズとともに向かっていたが、途中にある掲示板を見て気づいたのだ。 この世界の文字が読めないという事に。 (失念していた…言葉が通じるので油断をしていたな、曲がりなりにもここは異世界だったのだな。つまり文字を覚えるところから始めなければならない。) 魔法学院の教室は、中学高校の教室というより、大学の講義室にそっくりだった。 教壇がありその後ろに黒板が。そして階段状に生徒の座席がある。 ルイズと海馬が教室に入ると、既にいた生徒達から視線が集まった。 そのなかにはキュルケもいた。 キュルケの周りには、やたらと男子生徒が固まっていた。 (なるほど、あの容姿だ。群がる男も出てくるだろう。) キュルケは海馬に気づくと目でアイコンタクトを海馬に送ってきたが、気づかなかったのか無視したのか、海馬は何も返さぬままルイズの隣に座った。 教室にはさまざまな使い魔たちがいた。 キュルケのサラマンダーのほかにも、蛇、梟、カエル、ネコ、烏。 わかりやすい動物のほかにも、デュエルモンスターズに出てきそうな架空の生物達もいた。 興味を持ったのか、海馬は目に意識を集中する事で、それらの使い魔たちの能力を覗き見ていく。 海馬の視線の動きの意味に気づいたのか、ルイズが海馬に話し掛けた。 「面白そうな力を持った使い魔はいた?」 「いいや?スペックはそれぞれどの動物に相応程度の力しかない上に、大した能力も持っていない。雑魚ばかりだ。」 あまりといえばあまりな辛辣な評価に、流石のルイズも苦笑いをするしかなかった。 「まぁ、私の使い魔じゃないし、別にどうでもいいわね。 それに、あの使い魔たちとあなたもしくは私が戦うなんて事はありえないことでしょうし。」 などと話しているうちに、扉が開き教師のような風体の女性が現れた。 中年の女性で、紫色のローブに身を包み、同じ色の魔女っぽい帽子を被っている。 彼女は教壇に立ち生徒達を見回すと、満足そうに微笑んで言った。 「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。 このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、さまざまな使い魔を見るのがとても楽しみなのですよ。」 と言ったところで、シュヴルーズと海馬の目が合った。 そして、あぁ、あの。という顔で海馬を見た。 「おやおや、ミス・ヴァリエールは変わった使い魔を召喚したのですね。」 その言葉にクラス中がどっと笑い声に包まれる。 「ゼロのルイズ!召喚できないからって、その辺歩いていた平民を連れてくるなよ!」 小太りの生徒が茶化すように煽ると、笑いが余計大きくなる。 「違うわ!背とは私がサモンサーヴァントで召喚した、れっきとした私の使い魔よ!」 ルイズは立ち上がり、肩を震わせながらその生徒に向かって反論した。 自分はちゃんと魔法を成功させた。 その事を否定される。何より瀬人を馬鹿にされた事が、ルイズは非常に悔しかった。 だが、その対象となった海馬はといえば 「放って置けルイズ。ただ生まれたときより魔法が使えるという、貴族などという名のぬるま湯に浸かって育った豚の鳴き声などで いちいち腹を立てる必要など無い。」 と、とんでもない暴言を口にしていた。 流石にこの発言には笑っていた生徒達も呆然とし、言われた本人すらも理解をするまでに数秒かかり、そして顔を真っ赤にして叫んだ。 「ぶっ…豚だと!?平民の癖に僕を豚呼ばわりするのか!?無礼者!」 「無礼とは、礼を尽くすべき相手に礼を尽くさない事を言う。貴様のような豚に尽くす礼など無い。 特にとりえもなく、風をヒューヒューふかす事しか出来ないドットメイジは黙っていろ。マリコルヌ・ド・グランドプレ」 「なっ…なっ…なっ…」 確かにこの少年、マリコルヌ・ド・グランドプレはドットメイジである。 だが彼は、名乗ってもいない自分の名前と能力をなぜ言い当てられたのか。 なにより、このような暴言を言われた事が無いために、どう返していいのかわからなくなっていた。 もちろん、海馬は先ほどの間に彼の能力を見ていたのである。 もっとも、見た結果がどんなに優秀であろうとも、海馬の答えは一緒であっただろうが。 「はい、そこまでです。ミスタ・グランドプレ、元はあなたの軽率な発言が原因です。反省をしなさい。」 でも!などといおうとしたマリコルヌの口に、赤土の粘土がぶち込まれた。 そして、静寂と化した教室で、海馬の方を見てシュヴルーズが口を開いた。 「ミスタ…失礼。あなたの発言は主人であるミス・ヴァリエールの代弁にもなるのですよ。 不用意に相手を挑発する行為は控えなさい。」 「海馬瀬人だ。ミセス・シュヴルーズ。しかし、奴の発言は聞き流す事が出来ないものだ。 根拠なくルイズを侮辱した、それはこの俺に対する侮辱でもある。」 「ふぅ…わかりました。では、今後気をつけなさい。それでは授業を始めます。」 シュヴルーズはコホン、と咳をして杖を振るった。 机の上にはいつのまにか石ころが現れていた。 「私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴルーズです。『土』系統の魔法を、これから一年、皆さんに講義します。 魔法の四大系統はご存知ですね?…ミスタ・グラモン」 ミスタ・グラモンと呼ばれた少年は、バラを翳し気取った口調で答えた。 「『火』『水』『風』『土』の4系統です。そして何たる奇遇。僕の属性もミセスと同じく『土』。二つ名を、『青銅』のギーシュ・ド・グラモンと、申します。」 そして手に持ったバラを口にくわえ、会釈をしながら 「お見知りおきを」 と、決めた。 いや、本人は決めたつもりなのだろうが、クラス中からは冷たい視線が集まった。 特に、隣に座っている金髪で巻き髪の少女は、またいつものが始まったと呆れている。 「よろしく、ミスタ・グラモン。今答えていただいた4系統に、今は失われた『虚無』をあわせて、 全部で5つの系統があることは、皆さんも知ってのとおりです。 さて、『土』系統は万物の創生を司る、重要な魔法であると考えています。 まずそれを知ってもらうために、基本である錬金の魔法を覚えてもらいます。」 シュヴルーズが机の上の石に対し杖を振るうと、石はまばゆい光を放ちだした。 おお!とクラス中から感嘆の声が漏れる。 「ゴゴ、ゴールドですか?ミス・シュヴルーズ!」 キュルケは身を乗り出した。 「いいえ、これはただの真鍮です。ゴールドを錬金したければ、スクウェアクラスのメイジだけ。私はただの…『トライアングル』ですから。」 (ふむ…。5大系統か…なるほど、デュエルモンスターズの属性と近いものがあるな。 しかし、そうするとルイズが俺の目を通して出た属性が闇だったが…) 他の生徒を見回しても、闇属性は見当たらない。 海馬の脳裏にある可能性が現れた。 (もしや…ルイズの失敗魔法は失敗ではなく『そう言う魔法』なのでは?) その可能性を考えつつ、ふと隣を見ると、ルイズの姿がなかった。 見ると教壇の前にルイズが立っているではないか。 どうやら、海馬が考え事をしている間にルイズが指名され、錬金をすることになったらしい。 (まずい、俺の予想通りならば、あの魔法は絶対に『爆発』する。) ルイズが呪文を唱え終わる前に、海馬を含む全員が机の下へと隠れた。 そしてルイズの呪文が完成する。 結果、海馬が、いや、このクラス(ルイズ、シュヴルーズを除く)全員が想像したとおりに、ルイズの目の前の石は爆発した。 机はみごとに消し飛び、爆風が生徒達の席を襲ったが、全員慣れたもので、誰一人怪我なく爆風を回避した。 そして、爆心地である黒板の前は、もくもくと煙が上がっていた。 やがて煙が晴れるとそこには、爆発で目を回しているシュヴルーズと、服装は少し傷だらけになってはいるものの、無事なルイズが立っていた。 顔のすすをハンカチで拭きながら、ルイズは淡々と 「ちょっと失敗したみたいね。」 といった。 当然即答でクラスメイト全員からのブーイングを浴びせられたのは言うまでもなかったのだった。 前ページ次ページゼロの社長
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第八章 王女殿下の依頼 土くれのフーケとの戦いから一週間が経過していた。今日もリゾットはルイズについて授業へ向かう。 フーケを捕まえた話はすっかり広まり、一時期は周囲がルイズを見る眼も変わったが、相変わらず失敗魔法で爆発を起こしてばかりなので、きっとキュルケとタバサの力によるところが大きいに違いない、ということになっていた。 結局、今もルイズは『ゼロ』と呼ばれて馬鹿にされている。 リゾットはそれを何とかしてやりたいとは思いつつ、傍観していた。 他人が力を貸してもどうにもならない。ルイズ自身がどうにかしなければ汚名は返上できないのだ。 キュルケやタバサ、ギーシュに挨拶して席(といっても未だに階段なのだが)に着く。 その日の授業はギトーという講師による風属性の長所の講義だった。 リゾットはなるべく積極的に魔法の授業に出て、魔法について学んでいるが、それぞれの教師によって意見が違うのを興味深く聞いていた。 たとえばこのギトーは風こそが最強かつ最重要であるという主張だが、シュヴルーズは土こそが最も重要であるという主張だった。 キュルケが火を最強だと公言して憚らないところを見ると、自分の得意系統に関してはみな、こだわりがあるらしい。 「さて、『風』の最強たる由縁を教えよう。ミス・ツェルプストー、試しにこの私に君の得意な『火』の魔法をぶつけてみたまえ」 キュルケはぎょっとしたようだが、ギトーの挑発に乗って呪文を唱え始める。直径1メイルほどの火球をつくり、ギドーにぶつけようとする。 しかしギトーが杖を振ると突風が起こり、キュルケの炎が消される。その突風は火球の向こうに居たキュルケ自身も吹き飛ばした。 「諸君、『風』が最強たる所以を教えよう。簡単だ。『風』は全てなぎ払う。『火』も『水』も『土』も、『風』の前ではたつことすらできない。残念ながら試したことはないが、『虚無』さえ吹き飛ばすだろ。それが『風』だ」 キュルケは立ち上がると、不満そうに両手を広げた。 (……今のは単にギドーの魔力がキュルケのそれより上だという証明だろう…) フーケは錬金を使って風と炎をしのいだし、火は空気の燃焼なのだから、大爆発を起こせば風を吹き飛ばすことも可能だろう。 正面からの力試しでさえそうなのだから、戦いではどれが最強などということはない。リゾットはギトーの偏った授業に退屈してきた。 ギトーがなおも授業を続けようとしたそのとき、突然、教室の扉が開き、緊張した顔のコルベールが現れた。 ちなみにリゾットが最も楽しみにしているのはコルベールの授業である。 本人は火の系統を得意とするらしいが、火の力の破壊以外の有効利用法の研究に熱心で、それゆえ、授業も応用性が重視され、聞いていて実に面白かった。 故に、リゾットはコルベールには一目を置いているのであるが……そのときのコルベールは実に珍妙な格好をしていた。 頭に馬鹿でかい、ロールした金髪のカツラ、ローブの胸にはレースの飾りやら刺繍がついている。 まるで出来の悪い芝居に出てくる、演出家が何か間違えてしまった貴族の役である。 ギトーが授業中だと抗議すると(この男、格好に対しては全てスルーした)、コルベールは授業の中止を告げた。 歓声に湧く生徒に、続いてコルベールが何か発表しようとのけぞると、頭にのっけた馬鹿でかいカツラがとれて、床に落ちた。 教室中がくすくすと笑いに包まれる。一番前に座っていたタバサがコルベールのU字禿を指して、ぽつりと呟いた。 「滑りやすい」 教室が爆笑に包まれた。キュルケが笑いながらタバサの肩をたたいて言う。 「あなた、たまに口を開くと、言うわね」 が、笑われたコルベールは顔を真っ赤にさせると、大声を張り上げた。 「黙りなさい! ええい! 黙りなさい、こわっぱどもが! 大口を開けて下品に笑うとはまったく貴族にあるまじき行い! 貴族はおかしいときは下を向いてこっそり笑うものですぞ! これでは王室に教育の成果が疑われる!」 教室中が静まり返る。普段は温厚なコルベールの剣幕に、気がつくとギトーは素数を数えていた。 コルベールは気を取り直すと、厳かな口調で、この学院にトリステインの王女がやってくる、と告げた。 (…フーケはこのことを伝えたかったのか…) 実はフーケが二日前に手紙で情報を知らせてきたのだが、リゾットは未だに名詞しか読めないため、『王女』と『学院』という単語しか読めなかったのだ。 フーケに文字が読めないことを伝達し忘れたリゾットのミスだった。誰かに読んでもらうことも考えたが、内容が分からない以上、危険と判断して放置していたのだった。 「諸君が立派な貴族に成長したことを、姫殿下にお見せする絶好の機会ですぞ! 御覚えがよろしくなるように、しっかりと杖を磨いておきなさい! よろしいですかな!」 アンリエッタ王女が馬車から降り、緋毛氈の絨毯の上にその姿を現すと、生徒から歓声があがった。王女が微笑みを浮かべて優雅に手を振ると、さらに歓声は大きくなる。 (王女はずいぶんと人気があるようだな……) ここの生徒が貴族であり、その忠誠の対象である王女の人気がないわけはないのだが、生徒の反応を見るに、それだけでなく容姿に対する人気も加味されているのだろう。 とはいえ、例外はいるもので、外国からの留学生のキュルケといつもどおりのタバサはあまり興味がないようだった。タバサなど座って本を広げている。 「あれがトリステインの王女? ふん、あたしの方が美人じゃないの…。ねえ、ダーリンはどっちが綺麗だと思う?」 キュルケが詰まらなさそうに呟いて、リゾットに尋ねる。 「さあな……」 実のところ、リゾットもあまり王女を見ていなかった。王女の周辺を固める護衛の錬度を測っていたのだ。 流石に王族の護衛につくだけあった。特にグリフォンに跨った、見事な羽帽子の隊長らしき貴族からは隙というものが感じられない。 実際にやるつもりは毛頭ないが、リゾットが王女を暗殺するとしたらあの男のいない隙を狙うだろう。 キュルケもリゾットの視線を追ってその貴族を見つけると、視線が釘付けになり、顔を赤らめた。 一通り護衛全体と個人ごとの錬度を見終わると、リゾットはやけに静かな主人に視線を移した。 ルイズもキュルケと同様、隊長に眼を奪われていたが、その表情は単純にいい男に見とれるものとは微妙に違う様子だった。 その後、ルイズは幽鬼のような足取りで部屋に戻るなり、ベッドに腰掛けてぼーっとしている。 心ここにあらずという有様で、ベッドに腰掛けたり立ち上がったり枕を抱いてみたり放してみたり落ち着きがない。 リゾットは声をかけてみたが、何も反応がないのでしばらく放っておくことにして、厨房に顔を出すことにした。 厨房はまさに大忙しのようだった。あわただしく働いていたシエスタがリゾットに気がついてやってくる。 「リゾットさん、こんにちは」 「ああ……。忙しいようだな」 「ええ。急に王女殿下をお迎えすることになったので、お出しする料理の仕込みなんかで厨房は蜂の巣をつついたような騒ぎです。あ、でもリゾットさんならいつ来ても歓迎ですよ! 何かお出ししましょうか?」 そう言われたが、リゾットは首を振った。 「いや……、多分、忙しいと思って……。手伝いに来た」 その途端、シエスタが嬉しそうに笑った。シエスタの笑顔は裏がないので、見るたびにリゾットは反応に困る気持ちになる。 「本当ですか? ありがとうございます! じゃあ、悪いんですけど、倉庫から小麦粉の袋を四つ取ってきてください」 「分かった……」 しばらくの間、リゾットは薪割り、皿洗い、各食材の移送などを手伝いながら、合間に厨房の人々に王女について聞いてみた。 王女の人気は平民の間でも上々のようだった。しかし、一方で王女自体はほとんど政治的には飾りも同然で、実際に政治を行っているのは枢機卿のマザリーニという男だとも聞いた。 (当然だが、権力だけあって責任を取る必要がないギャングのボスとはだいぶ違うな……) ギャングの世界は実力主義なので、力さえあれば権力を手に出来るが、ボス以外は同時に責任も背負うことになる。 もっとも、責任を果たすか、部下や他人にうまく擦り付けるかはそいつ次第で、後者が多かったのも事実だが。 実権もないのに面倒な責任と期待がかかる王女という立場に、リゾットは他人事ながら少しだけ同情した。 厨房での仕事を終えると、言語の勉強のために図書室へ行った。 すると、いつもの場所でタバサが本を読んでいた。 今現在はアンリエッタを歓迎する式典が開かれている。 放心しているルイズはともかく、生徒は皆そちらに出席しているはずなので、タバサがいるのはおかしい。 ちなみに、使い魔のリゾットにはもちろん、出席義務はない。 「……式典には出ないのか?」 尋ねると、首が縦に振られた。本が差し出される。中を見ると、走っている人間の絵と、その下に文字が書いてある。 「これは?」 「そろそろ、貴方は動詞も学ぶべき」 タバサが呟いたので、リゾットは納得した。 「わざわざ探してくれたのか。感謝する」 またタバサの首が縦に振られた。 「わからないことがあれば、訊いて」 リゾットは座って本を開くと、ついでに訊いてみることにした。 「タバサ、お前はあの王女のことをどう思う?」 「興味ない」 何故か微妙にいつもより冷たい口調で即答した。 「そうか…」 何か気に障ったのだろうか、と思いつつ、リゾットは本を読み始めた。 やがて夜になった。 リゾットが部屋に戻ってくると、ルイズは一瞬だけリゾットを見たが、また心を遠征させた。 心が遠いところに行っている人間に何か言葉をかけても無駄なので、デルフリンガーの手入れをする。 「いやあ、相棒は俺に構ってくれることが多くて嬉しいねえ」 メタリカが復活した以上、必ずしもデルフリンガーを使う必要はないのだが、大剣の威力と、大質量の剣を生成する手間を考えると、やはりデルフリンガーを使うのが最適なような気がした。 上機嫌のデルフリンガーの相手をしている最中、リゾットは外から人の足音がするのを聞き取った。 学院なのだから足音があってもおかしくないが、その足音が音を殺そうとしているとなれば、話は違う。 フーケかとも思ったが、フーケならばこんな素人丸出しの隠密はしないだろう。第一、ルイズがいる部屋に来るとは考えにくい。 足音の主に殺気はないが、用心のため、デルフリンガーを置き、隠し持っているナイフの位置を確認する。 「どしたね、相棒?」 「…ん? どうしたの、リゾット?」 疑問の声を上げるデルフリンガーと、やっと戻ってきたらしいルイズを手で制し、扉の脇に移動した。 足音がルイズの扉の前に止まった。同時にリゾットが扉を開ける。真っ黒な頭巾を被った女と眼が合う。女はいきなり扉が開いたことと、リゾットの奇怪な瞳を見たことで硬直した。 次に叫び声をあげそうになったため、リゾットは女の口を塞ぎ、そのまま女を部屋に引きずりこんだ。ついでに扉は足で閉める。 「ちょっと! 何やってるのよ、リゾット!」 あっけに取られていたルイズがようやく声を上げた。 「こんな時間に足音を殺して近づいてくる人間に警戒するのは当然だろう…。この部屋の主は仮にも公爵家令嬢だしな……。それに……叫ばれたんじゃあ……、お互いにとって面倒になる」 「え……?」 声をあげないことを確認して、リゾットは女を解放した。 女は息を整えると、声をあげないように口元に指をやる。そして頭巾と同じ漆黒のマントから杖を取り出すと、短くルーンを呟き、杖を軽く振った。 「……探知(ディテクト・マジック)?」 「どこに耳や眼があるかわかりませんからね…」 女はどこにものぞき穴や魔法の耳がないことを確かめると、やっと頭巾を取った。 「姫殿下!」 ルイズが慌てて膝を突くと、女…王女アンリエッタは涼しげな、心地よい声で答えた。 「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ」 王女は感極まった表情を浮かべると、膝を突いたルイズを抱きしめる。 「ああ、ルイズ、ルイズ、懐かしいルイズ!」 「姫殿下……! いえ、それよりも…まずはあの男のご無礼、お許しください。使い魔の不始末は主の不始末……。なんなりと罰を下さりますよう…。ほら、リゾット、あんたも謝りなさい!」 「申し訳ない。少し、判断が性急過ぎた」 リゾットは頭を下げた。判断としては的確でも無礼は無礼だ。 が、アンリエッタはそんなことはどうでもいいようだった。 「いいのよ、ルイズ! 貴女を守ろうとしての行動だったのだから! それより、そんな堅苦しい行儀は止めてちょうだい! 貴女と私はお友達! お友達じゃないの!」 「勿体ないお言葉でございます、姫殿下」 「やめて! ここには枢機卿も、母上も、あの友達面をして寄ってくる欲の皮の突っ張った宮廷貴族たちもいないのですよ! ああ、もう、わたくしには心を許せるお友達はいないのかしら。昔馴染みの懐かしいルイズ・フランソワーズ、貴女にまで、そんなよそよそしい態度を取られたら、わたくし死んでしまうわ!」 「姫殿下…」 ルイズは顔を上げた。そこからは二人の幼馴染の懐かしい昔話が続いた。 要約すると、ルイズとアンリエッタが幼馴染で、幼いころ、遊んだり取っ組み合いの喧嘩をした、というようなことだった。 二人が盛り上がっている間、リゾットは部屋の隅に控えていた。そこにデルフリンガーが話しかけてくる。 「なあ、相棒よぉ…。俺、あのテンションについていけねーんだけど…」 「同感だ……」 やることもないので、リゾットはアンリエッタを観察していた。地位が上の人間が密かに訪ねてくるのは大抵、碌でもないことが起きる予兆だからだ。 それはリゾットたちが暗殺チームだったからかもしれないが、ともかく用心しておくことにした。 王族の生まれのせいか、言葉や素振りが一々芝居かかっているのも、リゾットの警戒心を掻き立てた。 そうこうしていると、二人の会話のテンションが急に下がった。 「結婚するのよ。わたくし」 「………おめでとうございます」 沈んだ声で告げられた結婚報告が望んだものでないことはほぼ確実だ。それに答えるルイズの声も自然と暗くなった。 せっかく会えた旧友との会話が奇妙な方向に進みかけたことにあせったアンリエッタが、リゾットに視線を移す。 「そういえば、ごめんなさいね。お邪魔だったかしら?」 「お邪魔? どうして?」 「だってそこの方、貴女の恋人なのでしょう? いやだわ。わたくしったら、つい懐かしさにかまけて、とんだ粗相をしてしまったみたいね」 「はい? 恋人? アレが?」 「人の相棒をアレよばわりかい。貴族の娘っ子」 思わずデルフリンガーが抗議の声をあげると、アンリエッタは眼を丸くした。 「あら? その剣、インテリジェンスソードなのね」 「え、ええ…。それはそうと…姫様! アレはただの使い魔です! 恋人だなんて冗談じゃありません」 ルイズは首を思いっきり振って否定した。 「いやだわ、ルイズ。私が言ってるのはそこの彼のことよ。いくら使い魔として珍しくてもインテリジェンスソードが恋人だなんて勘違いしないわ」 ややピントのずれた言葉が返ってきた。どうやらデルフリンガーが使い魔だと思ったらしい。 「いえ、そうではなく! そこの男が私の使い魔です!」 「え? ………」 まじまじとリゾットを見る。なるほど。確かに眼が奇妙だ。自分が知らない亜人なのだろう。 「ごめんなさい。人にそっくりだから勘違いしてしまいましたわ」 「「人だ(です)」、姫様。確かに多少、瞳が変ですが」 ルイズとリゾットが同時にツッコミを入れる。 「そ、そうなの…。ごめんなさい。……そうよね。ルイズ・フランソワーズ、貴女って昔からどこか変わっていたけれど、相変わらずね」 「好きでアレを使い魔にしたわけじゃありません」 ルイズは憮然として答える。そこに、アンリエッタが再びため息をついた。 「姫様、どうなさったのですか?」 「いえ、なんでもないわ。ごめんなさいね……。いやだわ、自分が恥ずかしいわ。あなたに頼めるようなことじゃないのに……わたくしってば……」 「おっしゃってください。あんなに明るかった姫様が、そんな風にため息をつくってことは、何かとんでもないお悩みがおありなのでしょう?」 「……いえ、話せません。悩みがあると言ったことは忘れてちょうだい、ルイズ」 「いけません! 昔はなんでも話し合ったじゃございませんか! 私をお友達と呼んでくださったのは姫様です。そのお友達に、悩みごとの解決を託せないのですか…?」 ルイズの真剣な口調に、ついにアンリエッタも決心したらしく、嬉しそうに微笑んだ。 「わたくしをお友達と呼んでくれるのね。ルイズ・フランソワーズ。とても嬉しいわ」 頷いて、語り始めた。 「今から話すことは、誰にも話してはいけません」 それからリゾットをちらりと見た。 「そのくらいの分別はある……。が、問題はルイズ、お前だ」 「何よ? 私が秘密を漏らすって言うの?」 「違う。……いいか? 王族なんて連中の秘密を知るってことは……不都合が出てきたときに消される可能性があるってことだ……。 そして…、秘密を聞いた以上、その後に来る頼みを断ることはできない。……そこまで覚悟して聞くんだな?」 「私たちが消されるですって!? 姫様を侮辱する気!?」 気色ばむルイズを無視して、淡々とリゾットが諭す。 「……俺は王女を信頼できるほど良く知らない…。 だが、上に立つ人間の秘密を関わるということは命を賭ける『覚悟』が必要だ……。お前にその『覚悟』はあるか?」 ソルベとジェラートが死んだのはボスの秘密を探ったのが原因だった。 組織にほとんど不要になった暗殺チームが飼い殺しにされたのは組織の後ろ暗い秘密の数々に関わったからだった。 「あるわ! 私は姫様のためなら命を賭ける!」 二人がしばし睨み合う。リゾットはそれなりに意思をこめて睨みつけたのだが、ルイズの視線はぶれなかった。 やがて、リゾットはため息をついて壁に寄りかかる。 「………わかった。ならば俺もお前に従い…、命を賭けよう」 「ルイズ、貴女の使い魔は主想いなのですね」 そのやり取りを見ていたアンリエッタが感心したように声を出す。 「礼儀知らずなだけです」 「いいえ。確かに礼は失しているところもありましたが、彼の言葉は貴女を思ってのことです。彼のような使い魔を従えられることを、羨ましく思います」 「光栄です。……姫様の買いかぶりだと思いますが」 「それよりも続きをお話ください」 「ええ。分かりました…」 アンリエッタは再び沈んだ調子で語り始めた。 現在、アルビオンでは貴族による反乱が起きており、王室は今にも倒れそうなのだという。 反乱軍が勝利を収めたら、次にトリステインに攻めてくることが予測されるため、トリステインはゲルマニアとの同盟を画策している。 そのための条件としてアンリエッタとゲルマニア皇帝の結婚があるのだという。 いわゆる政略結婚であり、アンリエッタ自身が望むものではないが、アンリエッタは王族としての責務としてそれを実行することにしたのだという。 「なんてこと…あの野蛮な成り上がりどもの国に、姫様が嫁がなければならないなんて……!」 「仕方がないの。成り上がりの国とはいえ同盟を結ぶためなのですから…」 そういいつつも、アンリエッタの表情と口調は暗い。 リゾットはゲルマニアについて、キュルケに聞いた話を思い出していた。 ゲルマニアは国の中では歴史が浅く、金を積めば平民でも貴族になれるのだという。それゆえ、他の国々から嫌われているのだった。 (どこにでもあるものだな……) イタリアでも北イタリアと南イタリアの間では貧富の差があり、南イタリア出身者が何らかの成功を収めても、 北イタリアの人間からは「成り上がり」とどこか蔑むような眼で見られることが多い。 ハルケギニア諸国、そしてその民のゲルマニアを見る眼はそれに似ているのだろう。 アンリエッタの話は続く。 トリステインとゲルマニアの同盟は当然、反乱軍には好ましくないため、反乱軍はこの同盟をぶち壊すための材料を探しているのだそうだ。 「では、もしかして、姫さまの婚姻を妨げるような材料が…?」 「おお、始祖ブリミルよ……、この不幸な姫をお許しください……」 アンリエッタが顔を両手で覆い床に崩れ落ちた。別に嘘というわけではないだろうが、意識的にしろ、無意識にしろ、かなり大げさに演出しているようにリゾットには見えた。 何でも、アンリエッタがアルビオンの皇太子ウェールズへ送った手紙(明言はしなかったがおそらくは恋文の類)があるらしく、 それがゲルマニアに対して明るみになった場合、即座に結婚は破談になり、トリステインは一国でアルビオン反乱軍と戦わねばならなくなるのだという。 「では、姫様、私に頼みたいことというのは…?」 「無理よ! 無理よ、ルイズ! わたくしったら、なんてことでしょう! 混乱しているんだわ! 考えてみれば、貴族と王党派が争いを繰り広げているアルビオンに赴くなんて危険なこと、頼めるわけがありませんわ!」 「何をおっしゃいます! たとえ地獄の釜の中だろうが、竜のアギトの中だろうが、姫さまの御為とあらば、何処なりと向かいますわ! 姫さまとトリステインの危機を、 このラ・ヴァリエール公爵家の三女、ルイズ・フランソワーズ、見過ごすわけには参りません!」 ルイズは膝を突いて恭しく頭を下げた。 「『土くれ』のフーケを捕まえた、このわたくしめに、その一件、是非ともお任せくださいますよう」 「ルイズはあんたのために命を賭ける覚悟をした。それに応えるんだな……」 なおもアンリエッタは迷っていたようだが、 リゾットの口ぞえで決心したようだった。 「覚悟に応える……。そうですね……。ルイズ、わたくしの力になってくださいますか?」 「もちろんです! なんなりと」 「では……アルビオンに赴き、ウェールズ皇太子を探し、手紙を取り戻す任、貴女に託します」 「一命に変えましても。急ぎの任務なのですか?」 「アルビオンの貴族たちは、王党派を国の隅までおいつめていると聞き及んでいます。敗北は時間の問題でしょう」 「分かりました。では早速、明朝にでも、ここを発ちます」 それを聞いた後と、アンリエッタはリゾットに向いた。 「使い魔さん。貴方はさきほど、わたくしが秘密を知ったルイズと貴方を抹殺する可能性を示唆していましたね?」 「ああ…」 「恥ずべきことですが、先ほどの使い魔さんの言葉を聞くまで、お二人に命を賭けてもらうということを、わたくしは忘れておりました。いえ、意識しないようにしていたのかもしれません」 アンリエッタは杖を掲げた。 「あなた方と等価の危険を背負うわけでもないし、ただの言葉ではありますが、わたくしも、ここに始祖ブリミルの名において誓いましょう。 わたくしがこの件について二人に不義をなすことあらば、わたくしは地獄の業火で焼き尽くされることを」 「三人だ」 「え?」 リゾットの言葉に、アンリエッタが聞き返す。 「三人だ。ルイズと、俺と……」 扉を思いっきり開ける。 「うひゃぁ?」 そこにはギーシュが居た。突然戸が開いたのに驚き、尻餅をついている。 「ギーシュ! あんた! 立ち聞きしていたの? 今の話を!」 「いや、その……」 「ずっと聞いていたはずだ。扉の前でこいつの気配を感じたからな…。つまり、あの警告も聞いて……『覚悟』したわけだ」 ギーシュはその言葉で突然立ち上がって敬礼した。 「姫殿下! その困難な任務、ぜひともこのギーシュ・ド・グラモンに仰せ付けますよう!」 「グラモン? あのグラモン元帥の?」 アンリエッタが突然の事態についていけず、きょとんとしてギーシュを見つめた。 「息子でございます。姫殿下!」 ギーシュが恭しく一礼をした。 「貴方も、わたくしの力になってくれるというの?」 「任務の一員に加えてくださるなら、これはもう、望外の幸せにございます」 「ありがとう。お父様も立派で勇敢な貴族ですが、貴方もその血を受け継いでいるようね。ではお願いしますわ。この不幸な姫をお助けください、ギーシュさん」 「姫殿下が僕の名前を呼んでくださった! 姫殿下が! トリステインの可憐な花、薔薇の微笑みの君がこの僕に微笑んでくださった!」 ギーシュは感動のあまり、キリキリと回転すると、後ろにのけぞって失神した。 「……大丈夫か、こいつ?」 「味方になるならいいかと思って放っておいたが、失敗だったか…」 デルフリンガーが呟きに、リゾットがため息混じりに答えた。 「では明日の朝、アルビオンに向かって出発いたします」 ルイズがアンリエッタに提案する。ギーシュのことは完璧なスルーである。 「ウェールズ皇太子は、アルビオンのニューカッスル付近に陣を構えていると聞き及びます」 「了解しました。以前、姉たちとアルビオンを旅したことがございますゆえ、地理には明るいかと存じます」 「旅は危険に満ちています。アルビオンの貴族たちは、あなたがたの目的を知ったらありとあらゆる手を使って妨害しようとするでしょう」 そういうとアンリエッタは手紙を書き始めた。一度、筆を止めたようだが、始祖への謝罪を口にし、朱に染まった顔で最後に一文を書き加える。 書き終わると、手紙を巻き、杖を振る。すると、手紙に蝋封がなされ、花押が押された。その手紙をルイズに渡す。 「ウェールズ皇太子にお会いしたら、この手紙をお渡しください。すぐに件の手紙を返してくれるでしょう」 それからアンリエッタは右手の薬指から指輪を引き抜くと、ルイズに手渡した。 「母君から頂いた『水のルビー』です。せめてものお守りです。お金が心配なら、売り払って旅の資金に当ててください」 「そんな……そこまで…私に信頼を…」 ルイズは感極まった様子で、深々と頭を下げた。 「この任務にはトリステインの未来がかかっています。母君の指輪が、アルビオンに吹く猛き風から、貴方がたを守りますように」 暗い廊下の中、リゾットは帰路に着いたアンリエッタに続いて歩いていた。 ルイズが「姫様に何かあったら大変だから、途中まででもいいから送っていきなさい」と言ったのだ。 ちなみにギーシュはその時、まだ失神したままだったので部屋に放り込んでおいた。 「………一つ、いいか?」 黙々と送っていたリゾットが不意に口を開く。 「何でしょうか、使い魔さん」 「もしも……次にこういう任務をルイズに頼むならば……、同情を引くような頼み方はやめてくれ。自分が撒いた種の始末を友人に頼む後ろ暗さ…………それは分かるが」 「!」 アンリエッタが言葉を失う。意識的ではないにしろ、そういう意図がなかったとは言い切れないのだ。 「ルイズは純粋にお前のために戦おうとしてる。ああいう頼み方じゃなくても引き受けるさ…。それを同情を引くような頼み方をするってことは……お前とルイズの間にあるらしい『友情』に泥を塗りつける行為も同然だ……」 「……そうですね。今回のわたくしの頼み方は相応しくなかったかも知れません。以後、気をつけます」 「素直に認められるなら……まだお前は救いがある方だ…」 「ありがとうございます」 アンリエッタは礼を言って、少し含み笑いをした。 「?」 「貴方はいつもルイズのことを心配しているのですね」 「……恩人だからな」 そっけなくリゾットが答える。別に嘘をついたわけではないが、それが全てではないことは、リゾット自身にもいまや明らかだった。 「わたくしにも貴方のように誠実な部下が居ればよかったのですが……」 「……なければ作ることだ。そしてそのためには他人を徐々にでも信頼することから始めるんだな……。そういう発言をすること自体、誰も信じていない証拠だ」 「…………信じた相手に裏切られたら?」 「そのときは自分の人を見る眼のなさを恨むしかないな。二度目があるなら慎重になることだ」 「貴方は使い魔なのに、まるで誰かの上に立つ人間のようなことを言うのですね……」 「…………」 異世界ではそういう立場にあった経験から言っているのだが、それを説明する必要はないため、リゾットは口を閉ざした。 やがて、行く手に明かりが見えてきた。 「ここまでだ…。あとは……自分で行け…」 「ええ、ありがとうございます。ルイズにもお礼をお伝え下さい」 「分かった……」 アンリエッタの姿が見えなくなるまで見送ると、リゾットは踵を返す。その足が何かを蹴った。 足元で土で出来た小型のゴーレムが転んでいた。ひょこりと立ち上がると、ついてこいというような身振りをして、のこのこ歩き出す。 リゾットがゴーレムの後に続くと、人気のない場所にきたところで、ゴーレムが消えた。 「一週間ぶりだね。こないだ送った情報は役に立ったかい、リゾット?」 茂みが揺れ、土くれのフーケが姿を現した。それをみてデルフリンガーが声を出す。 「おでれーた! こないだ倒したフーケじゃねーか」 「ふーん……。なるほどね。アルビオンへウェールズを探しに行くのか」 リゾットの話を聞くと、フーケは腕を組んだ。その言葉には何とはなしに『嫌悪』が伺える。 「ああ……。ルイズの任務でな……」 「何のために会うのかは、聞かせてもらえない?」 「…………念のため、止めておこう」 リゾットの答えに、フーケは不満そうに唇を尖らせた。 「そ。ま、しょうがないね。で、どうする? アルビオンへの港町、ラ・ロシェールまでの道のりなら、調べてやっても構わないけど…」 「アルビオンへは……来ないのか?」 「貴族派と王党派が戦争やってるような危ない所に行くほど金はもらってないよ」 フーケが吐き捨てるように言ったが、リゾットはその表情からはっきりと『嫌悪』を読み取った。 先の言葉から考えると、フーケはアルビオン王家を嫌っているのだろう。嫌いなものを無理に近づけようとは、今は思っていなかった。 「そうだな……。では、その港町までの道のりの調査は頼んでおこう」 「ん、分かったよ。じゃ……連絡は手紙で…ってあんた、字が読めないんだっけ?」 「ああ……」 フーケはどうやって伝えるか、首をひねった。 「世話が焼けるねえ……。じゃあ、そうだね。行く手に危険が待ち受けてるなら道に印をつけておくってことで。 ラ・ロシェールまで急いで向かうなら選ぶ道は限られてくるし、あんたが見落とさなきゃ、大丈夫だろ」 「分かった……」 「あと、あらかじめ言っておくけど……。危険を何とかするのは自分でやりなよ。私は手を貸さないからね」 「ああ。俺がお前を雇ったのは、あくまで情報収集のためだからな……」 「わかってるならそれでいいんだけどさ……」 フーケは頬を掻く。どうも木石に話しかけているような淡白な反応で、面白くなかった。 自分と戦っていた前後はそれなりに感情を見せていたので、感情がないわけではないのだろう。 (やりこめてやれば、少しは表にだすかね…) 考えて見れば出会ってから今まで、リゾットに勝った事がない。やられっぱなしでは面白くないし、相手より下に見られるのも仕方ない。 フーケは密かに、何とかしてリゾットをやり込めることを誓うのだった。